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成功本よ、サラバ

成功法則を語る本の問題点を挙げてみよう。

こうすればこうなるってホント?

不確定性原理」というものがある。量子力学の概念だ。「ある粒子の位置をより正確に決定する程、その運動量を正確に知ることができなくなり、逆もまた同様である」。この両方さえきちんと知り得るなら、万物の未来が予想できる__はずなんだけど、そうは問屋が卸してくれない。

もう一つ「カオス理論」なんかもある。完全にランダムに起こる現象ではなく、

決定論的法則に従うものの、積分法による解が得られないため、その未来(および過去)の振る舞いを知るには数値解析を 用いざるを得ない。しかし、初期値鋭敏性ゆえに、ある時点における無限の精度の情報が必要であるうえ、(コンピューターでは無限桁を扱えないため必然的に 発生する)数値解析の過程での誤差によっても、得られる値と真の値とのずれが大きくなる。そのため予測が事実上不可能という意味である。

というものだ。で、まあ、『歴史は「べき乗則」で動く』なんかでも書かれているとおり、社会に起こる出来事はこちらに属する。社会の中で人と人はつながりあって、互いに影響を与え合うわけで、それはもう予想するなんて不可能である。よく言われるバタフライ効果っていうのが頻繁に起こるわけだ。

歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)
マーク・ブキャナン[早川書房 2009]

そんな環境で「こうすれば、こうなる」なんて断言できるとしたら、それはまあ、すごい胆力が必要なんだろう。

実効性?

成功法に再現性はあるだろうか。

この場合の再現性とは、同じ人が二回実施して似た結果を出すことではない。そういうのは科学における比較対照実験としては扱えない。だって、そうでしょ。その人が持っている特別なスキルが成功の原因かもしれない。だから、違う人で試さないと。

じゃあ、別の人がその方法で成功したらオーケーかな。いやいやそうじゃない。だって、その人は成功したいと思って成功法に興味を持ったわけで、それ以外にもいろいろやってるかもしれないよね。そこの部分が分離されていないとその成功法の効果ってなぜ断言できる?

だからたとえば100人くらいを無作為に集めて、そのうち50人はその成功法を、残り50人には偽薬ならぬ偽成功法を伝授し、結果を見守る。そうやって、成功法を知っている人たちだけが圧倒的な確率で成功した場合のみ、その方法にはきちんと効果があると言えるだろう。少なくとも、科学的なスタンスではそうなる。

もし集客がうまくて500人くらい成功法を買う人を集めたら、まあ、ごく普通に考えて一人くらいは成功者って出てくるよね。だから、一人後に続いた人がいるからって、その成功法に太鼓判が押せるわけじゃない。

むしろ、その成功法を知らない人100人集めたときに、二人か三人成功している人が出ているとしたら、マイナスの効果があるってこともわかっちゃう。あー、こわい、こわい。

この辺の話が詳しくしりたいなら、タレブの『まぐれ』を読むといい。鱗が落ちっぱなしになっちゃうこと請け合い。

まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか
ナシーム・ニコラス・タレブ[ダイヤモンド社 2008]

その成功、理解できてる?

たいていの成功法は実体験から導かれている。たしかな情報だ。その人にとっては、ってことだけど。

でも、いくつか問題がある。その大半は、人間が持つバイアス(ヒューリスティクスって言うね)が影響している。

第一に、その人は正確に自分の成功要因を理解しているのだろうか。記憶が歪むことはよく知られている。実は1ぐらいしか影響力がないことを10と評価したり、あるいはその逆も起こりうる。

第二に、その人はすべての成功要因を把握しているのだろうか。自分がやっていることをきちんと理解している人はあんまりいない。他人に好感を持たれる理由が、相手の話を聞くことなんだとしても、やっぱりにこっと挨拶することとか、顔がイケてるかも無視はできないだろう。でも、そういうことに気がついていない可能性もある。

でもって、最後になるけど、仮にそれらすべてをうまくクリアしてても、その人がきちんと説明できているのかってことも難しい。だって、あれですよね。人に説明するのって難しいですよね。機微が必要なものであればあるほどそうだ。成功法が単純なものならいいんだけど、単純なものならわざわざ他人に教えてもらわなくても大丈夫だよね。

うん、だからやっぱりいろいろ問題があるわけだ。

さいごに

僕は別に、成功法則の本を読むなと言っているわけじゃない。単に、それを鵜呑みにするなってことが言いたいだけだ。少なくともそれは「法則」と呼べるようなものじゃない。著者の苦労話の体験と、その人が何を大切に思っているかっていう一人語りにすぎない。

それを踏まえて、「ふんふん、この人はがんばってきたんだな。僕もがんばろう」と思うのなら、それも本の楽しみ方だろう。でも、「こうすれば成功する」とか「こうしないと成功できない」なんて思っちゃうと、これはまずい。迷い道どころか落とし穴にはまってしまう。

というわけで、成功法を知っている人はたくさんいるのに、実体はどうだろうってことを一度考えてみるといい。それだけで本棚にスペースができるだろう。その代わりに何かもっとエキサイティングする本を並べられたらきっとサイコーだろう。

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