インフルエンサーとかバイラル・マーケティングにうさん臭さを感じているならば、本書は最高の啓蒙書となるだろう。
*出版社よりご献本いただいた
著者は「変化はウィルスのように広まる」という考え方に疑義を提示する。たしかにネットによってそうした情報の拡散が起きることは可視化された。そうした力学を意識したプロモーションも盛んである。しかし、そうした「ウィルス的」観点ですべてが説明できるのだろうか。何かが伝わり、広まっていく経路には「別の仕方」もあるのではないか。本書はその別の仕方での広まりを検討する。
中心となるのはネットワークだ。人と人のつながりの形。たとえば、情報を一気に拡散させたり、つまりそのリーチを最大化させたいのならば、インフルエンサーはたしかな仕事をする。インフルエンサーとは、ネットワークの中のハブであり、その点を経由してさまざまな方向に情報が広がっていくのだから、コスパは最高である。
しかし、著者は言う。そうした情報の伝播ではより大きな変化、あるいはまだ十分に認知も信頼も得られていない新しいイノベーションを広めることはできない、と。いや、単に「知ってもらう」だけならばそうした拡散でも十分に間に合う。しかし、その情報を得た人が実際に自分の行動を変え、新しいイノベーションを採用するには至らない。むしろ、安易なインフルエンサー戦略では、新しいイノベーションの拡大に逆効果になることを著者は提示する(代表例がグーグルグラスである)。
大きな変化は、通常なら選択されない選択を人が行うことによってのみ生じる。しかしインフルエンサーが行えるのは、選択されるものを選択されやすくするだけだ。別の言い方をすれば、情報を受け取った人の「先入観」の外側に出ることを助けない。むしろ彼らが得意のは、先入観に満ちた情報、バイアスによってゆがめられた情報の拡散であり、つまりは分断を深めることなのだ。
もしあなたが、他の誰かに本格的にコミットしてもらいたいと願っているならば、そしてその対象が一般には受け入れがたい(人気でない、わかりやすい効果がない、一般的な常識に反している)ものであるならば、インフルエンサーの戦略はまったく効果がないと理解した上で、本書が提示する「雪だるま」戦略を真剣に検討した方が良いだろう。
具体的な戦略の内容は本書に譲るが、そこで展開されるプロモーションやマーケティングは、SNSで馴染みの拡大戦略(露出最大化戦略)とはまったく違ってくるだろう。そしておそらく本当の「アンバサダー・マーケティング」は本書が提示する視座において運用されるべきなのだ。有名人に品物をばらまいて宣伝してもらうようなものを「アンバサダー・マーケティング」と呼ぶこと自体が滑稽だし、おそらく効果も低いだろう。
総じていえば、私たちは「ネットワーク」についてほとんど理解していない。だから、その効果的な運用も知っていない。実際本書が11章、12章で提示するコミュニティーの運用方法はたいへん示唆に満ちている。単に作業をする集団を構成するのではなく、創造的で創発的なグループを作るためには、その作り方や運用方法を押さえておく必要があるだろう。本書はそのための有用な一冊だと言えそうだ。