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『それをお金で買いますか』(マイケル・サンデル)

日本でも有名なハーバード大学のサンデル教授の本。

副題は「市場主義の限界」とあり、「市場主義なんて全然だめだよ」みたいな話をイメージするかもしれませんが、実際はそうではありません。

市場主義は、効率をもたらします。これは歴然とした事実です。市場の有無で物流の効率性はまったく変わってくるでしょう。だからこそ、つまりそれが便利であるからこそ、日常生活のさまざまな場面にまで入り込んでくるわけです。

しかし、市場主義が入り込むことによって何かが損なわれてしまう分野もあるのではないか。もし、あるとしたらその線引きはどのように判断すべきだろうか。これが本書を通して語られていることです。


サンデル教授は、「市場に任せればすべてうまくいく」スタンスを否定しています。たとえそれが一時的に全体の効用を押し上げてはいても、その裏側では目に見えないものが損なわれているのではないか。少なくとも、私たちはそれが損なわれているかもしれない可能性に目を向けるべきではないか。こういう主張です。

アメリカのサブプライムローン問題を持ち出して、「市場の失敗」を語る人もいますが、本書はそういった立ち位置とは少し違っています。

表面的には利益を上げているように見えても、何かしら間違ったことをしているのではないかと感じさせる分野__たとえば出産のために母体をレンタルする仕事__があるとして、それは「正しい」のか「間違っているのか」をちょっと考えてみよう、というスタンスです。

何かを提供するAとそれを買うBが互いに満足していても、その行為が決定的に損なっているものがあるのではないか。損なっているものがあるとすればそれは何なのか。私たちはそれをどのように判断すればいいのか。そういう話がいくつも実例と共に展開されていきます。

私が本書を読んでいて、ふと感じたことは「市場の正しさ」は市場の中だけでは決して判断できない、ということです。市場は全てのものを価格に置き換えて判断します。それが適性にやり取りされるならば、何も問題ない。そういうものです。うまく動かないとすれば、情報が提供されていないか、規制がありすぎるのか、のどちらかになるでしょう。

取引量が増える、参加者の富が増えるという指標で測れるのは「市場の中で正しいことが起きているかどうか」です。それと言葉は似ていますが、社会の中での「市場の正しさ」はまったく異なったものです。

価格メカニズムがきちんと機能していても、それ以外の分野で損なわれている何かがあるかもしれません。しかし、市場の中ではそれが見えないのです。なんとなく、「ゲーデルの不完全性定理」を彷彿するではありませんか。


経済学において、「価格」はシグナルであると説明されます。「価値がある・ない」、「多くの人が求めている・求めていない」、「量が多い・少ない」、といったことを表すのがシグナルです。

しかし、「値段がついていること」そのものが、もっと根源的なシグナルとして機能しうるのでしょう。

値段がついていることは、それが商品であることを示し、商品であることは「○○ではない」ということも示します。この「○○」に入る言葉はいくつか考えられますが、それは損なわれてしまうと容易には取り戻せないことはたしかです。ましてやお金で買うなんてとうてい無理な話です。

それをお金で買いますか 市場主義の限界
マイケル・サンデル[早川書房 2012]

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