テレビをつけると、スポーツをやっていた。あなたが知らないスポーツだ。そうした状況では、なかなか楽しめないだろう。しかし、そのスポーツのルールを知っていればどうか。あるいは、プレイ経験があったり、競技者のヒストリーを知っていたら。
きっと楽しみ方は変わってくるだろう。何も知らない状況に比べれば、目の付け所が変わり、引き出せる情報も違ってくる。
物語の楽しみ方についても同じことが言える。物語は、ただ物語として変わらず存在しているが、それと接する者の知識や経験、あるいは姿勢によって引き出せるものが変わってくる。
本書はそうした要素を「カギ」としてまとめ、読者が物語がより楽しめるように手ほどきしてくれる。目次は以下の通り。
はじめに
序章 なんで物語を読むのか? 物語を味わうってどんなこと?
第一章 物語の基本的な仕組み
第二章 虫の視線で読んでみる
第三章 鳥の視点で読んでみる
第四章 理論を駆使してみる
第五章 能動的な読みの工夫
おわりに
扱う話題はかなり広いが、ここで示されているのが「カギ」でしかない点には留意が必要だろう。
カギは、ただ存在しているだけでは何ももたらさない。それを扉に差し込み、ぐいっと回した上で、自分の手で扉を引かなければ(あるいは押さなければ)ならない。本書が提示するカギも同様だ。カギ長者となって、その知識をひけらかすだけではつまらないだろう。これから新しく読み始める物語に、これまで接してきた物語に、実際に本書のカギを使ってみることだ。
なにせ物語に触れる経験は、物語に触れることでしか得られない。だからこそ、私たちは飽きもせず物語を求めるのである。現実と距離を作る虚構は、その距離において、新しい視点をもたらしてくれる。その距離は、けっして効率的でもなく、速度も遅く、確実性もない。
だからこそ。
そう、だからそこ得られるものがあるのだ。その効能は十全な言葉を尽くしてなお表層を撫でるだけにとどまるだろう。読みが深まったときの、あの体験は、あの歓喜は、あの震えは、その経験の中でしか理解し得ない。
だからそう。
物語を読もう。作家が言葉を尽くして書いた物語を、今度は私たちが十全に味わうのだ。
物語そのものについて知り、作家について知り、時代や文化ついて知り、言葉について、ジャンルについて、そして世界について知るのだ。
もちろんそれは、終わりのない旅路となる。本書は、その旅路の心強いお供になってくれるだろう。