『あなたの人生の物語』でもそうとう驚かされたが、本作でもテッド・チャンはその鬼才を異端なく発揮している。
ハードなSFではない。ヒロイックな冒険譚でもない。どちらかといえば静かで厳かな物語だ。そして、すべての厳かな物語がそうであるように、どこかしら物悲しさがついて回る。
時間・因果・自由意志・生命・科学・信仰。
「もう一つの世界」を持ち出すことで、今ここにある世界に新しい光を与えてくれる。SFのSFたる所以ではないだろうか。
本作に収められている短編群は、私たちの物語ではない。しかしそれは「私たち」の物語ではある。そして、その二つは厳密に言って区別がつかない。だからこれは私たちの物語でもあるのだ。
ストーリーテリングとしては「商人と錬金術師の門」が抜群だし、表題作の「息吹」はまさにSFここにありきといった世界観である。皮肉がきいた「予期される未来」「大いなる沈黙」は短いながら切れ味のよい作品で、科学のありように目を向ける「偽りのない事実、偽りのない気持ち」と「オムファロス」は私たちが住んでいる世界の土台について思いを馳せさせる。
「デイシー式全自動ナニー」「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は、生命とその育成について思考を促すし、ラストを飾る「不安は自由のめまい」はSF面白さとともに、ほんのわずかに心温かい希望が宿される。
どれもこれも面白いし、歯切れの良い作品ばかりだ。もちろん、スカッと爽快な気分になれる、という意味ではない。旧来の価値観をひっくり返すような語りであっても、静かに淡々と語られているという意味でとっつきやすいのだ。目を引く派手さがない分、作品の成分がすっと頭に入ってくる。もちろん、それをどう解釈するのかは読み手次第であることは言うまでもない。
『あなたの人生の物語』でもそうであったが、著者は科学技術そのものに(あるいはその進化に)レンズを合わせてはいない。そこにどうしても付き纏うことになる人間(あるいはそこに宿る意識と生命)にまつわる物語を描こうとしている。直接的ではなく、ぐるっと回って私たちに帰ってくるような、そんな物語を。
▼目次データ:
「商人と錬金術師の門」
「息吹」
「予期される未来」
「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」
「デイシー式全自動ナニー」
「偽りのない事実、偽りのない気持ち」
「大いなる沈黙」
「オムファロス」
「不安は自由のめまい」