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『あなたの人生の物語』(テッド・チャン)

意欲的で、前衛的で、創造的で、衝撃的で、構造的で、神秘的ですらある。

本書はテッド・チャンによる短編集で、今のところ彼の作品の唯一の日本語訳でもある。しかしまあ、とんでもない作家がいたものだ。フィールドの大きさと、飛び跳ねた想像力には感嘆を通り越して、もはや唖然としてしまう。

冒頭の「バビロンの塔」は、天を目指したというバベルの塔がもし実在したら、という設定で始まり、登塔者の視点でもって塔での生活が描写されていくのだが、最後の最後でクイっと視点がズームアウトする。

そのクイっとを体験したらもう止まらない。この作家が持つ文脈の豊かさを踏まえながらも、ページを繰る手は進んでいく。

どれも面白いのだが、表題作である「あなたの人生の物語」は特に印象が強い。説明がないとわかりにくい小説的構造を持っているのだが、それが単にトリッキーなだけでなく物語そのものと呼応していて、非常に心地よい。優れた作家とは、かくも見事な体験を提供してくれるのかと驚きで一杯になる。

もう一作挙げるとすれば「地獄とは神の不在なり」だろう。現象としての天使とそれがある世界を描写しながらも、本来的な信仰とはどのようなものなのかが提示される。実に唸らされる手腕だ。

テッド・チャンの作品は、単にSF的アクロバットなのではなく、そこに表現的意味がきちんと込められている。それは言うは易いが、行うはバベルの塔を作るぐらいには難しいことでもある。

▼目次データ:

バビロンの塔
理解
ゼロで割る
あなたの人生の物語
七十二文字
人類科学の進化
地獄とは神の不在なり
顔の美醜について―ドキュメンタリー

あなたの人生の物語
テッド・チャン 訳:浅倉久志 [早川書房 2003]

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