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『バレットジャーナル 人生を変えるノート術』(ライダー・キャロル)

2019年の現代に、手書きのノート術である。いや、2019年の現代だからこそ、手書きのノート術なのだろう。

IT化の躍進により、私たちの情報管理ツールはパソコンとスマートフォン・タブレットに変化した。おかげでこれまで「情報整理」などと考えたことがなかった人でも、それが行えるようになった。これはメリットであろう。アラン・ケイが描いたビジョンも、きっとこの道に通じているはずだ。

しかし、実体はどうだろうか。

私たちは、「自分の環境」を作れていると言えるだろうかお仕着せのアプリと押し寄せてくる情報によってのみ情報環境が構築されているのではないか。これは”すばらしい新世界”なのだろうか。

自分の環境を作る、という感覚。それは、コンピュータこそが私たちに与えてくれるはずのものだった。藤井太洋の『ハロー・ワールド』が示すように、コンピュータ、そしてプログラミング言語は、自分の外に広がる世界とつながるための扉なのだ。あるいは、世界そのものを新しく創造する力と言ってもいい。そのようなものが、現代の(大衆的な)情報空間において主流になっていると言えるだろうか。

もしなっていないとすれば、それをコンピュータからではなく、手書きノートから吸収する迂回ルートもあるかもしれない。

バレットジャーナルはまさに「自分の環境作り」を象徴するノウハウである。自分で好きなページを組み立てていくこと。なんでも等しく保存するのではなく、強弱をつけ、選別を行うこと。ページ番号というURLによって、自由にページ同士のつながりを作っていくこと。これらこそ、まさに「自分の環境作り」であろう。

その先に待っているのは、「自分が情報を使う」という行為との直面である。等比級数的に自分の興味の範囲が広がりかねない現代において、「わざわざ書いて残しておく情報」は、自分にとって有意味な情報ということになる。手軽に情報を残せないからこそ、情報の価値に敏感にならざるを得ない。自分にとってその情報がどんな重みを持つのかを考えざるを得ない。

この考え方は、デジタル派が推進しようとする方向と逆である。ともかくなんでも保存しておく。それを検索して見つけられれば便利でしょ、という一見親切は意見は、たしかに真実の一側面をついてはいるものの、それを「使う」人間の脳にリソース的上限があることが考慮されていない。そんなにたくさんあっても、たいして使えないのである。

一人の人間が残す情報が、100から1万になったら、それは大いなる飛躍をもたらすだろう。しかし、その1万が10万に、100万に、そして一億になったらどうだろうか。そんな情報群は、私にとってどんな意味を持つだろうか。

「意味なんてあなたが考えなくてもいいんです。AIがそれを教えてくれます」。そんな声が、AIカルト教から溢れてくるかもしれないが、その先に待っているのは人間不要論であろう。その論に強い肯定を示すのでない限りは、「意味を見出す」仕事は人間に残して置いた方がいい。そして、そのためには1億もの情報をポケットに入れておく必要はない。ある程度、限定的で構わないのである。それですら、結局一生かかっても扱いきれない量があるのだから。

ちなみに、本書の後半を飾る「ノートを書くと、自分が見えてくる」といった言説は、ノート術全般に言えることであり、本書が提示するノウハウにおいて特筆すべきものではない。どんなノートでも、書き続けていれば、いやおうなしに自分との直面は避けられない。そこはアナログでも、デジタルでも同じだ。

とは言え、超速度で情報が流れつつも、「自分の環境」が構築しにくい2019年のこの現代において、本書が提示する情報を扱う手つきは、非常に重要だと言えるだろう。

なにもかもを、でなくても成果は上げられる。むしろ、なにもかもを、でない方が上げられるかもしれない

▼目次データ:

PART1 バレットジャーナルの始め方──自分を整理し人生を変える
PART2 バレットジャーナルのつくり方──自分を深く知り、大切なことに気づくシステム
PART3 バレットジャーナルの使い方──よりよく生きるための実践法
PART4 自分に合わせて使いこなす──個性や用途に合わせたカスタマイズ術
PART5 おわりに──人生を変える自己発見の旅へ

バレットジャーナル 人生を変えるノート術
ライダー・キャロル 翻訳:栗木さつき [ダイヤモンド社 2019]

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