1980年に出版された本。まったくもってどうでもいいが、私が生まれた年である。
出会いは偶然だった。東京に出張した際、神保町で古書店巡りをしていたらお店の前のワゴンにひっそり並んでいる本書を発見した。タイトルがストレートで実に良い。それに板坂元といえば、講談社現代新書の『考える技術・書く技術』の著者でもある。そんなものは中身も見ずに購入決定である。それに105円だったから失敗しても痛くはない。
タイトルからわかる通り、本書のテーマは「知的生産の技術」である。私はこれまで新刊書店に並んでいるような「知的生産の技術」に関する本はあらかた目を通してきた。さすがに「読んだ」わけではないが、一通りはタイトルと内容を知っている。でも、まだまだ面白い本は眠っているものである。儲けものの一冊だった。
しかし、目から鱗というほどのことはない。そもそも『考える技術・書く技術』を何度も読んでいるので、勝手知ったる他人の書斎、みたいな感じである。安心はするが、目新しさはない。でも、示唆になることはやはり見つかる。本というのはそういうものだ。
本書は「書くこと」を二つにわけて考えている。タイトルの通り「何を書くか」と「どう書くか」だ。文章技術系の本で語られているのはたいてい後者である。こちらは完全に技術なので、数をこなしていけば誰でも身につけられる。言ってしまえば、誰からも何も教わらなくても、日本語で書かれた文章を読んだり書いたりしているうちに自然と習得できるものだ。だから、誰にだって小説家を目指すことはできる。
難しいのは「何を書くか」だ。それが空っぽでは、どれだけ優れた文章技術を持っていたとしても原稿は一ミリたりとも進まない。本書は、まずその「何を書くのか」から丁寧に解説が始まる。
簡単に目次を引いておこう。
1.何を書くか
2.読み手に近づく
3.アイディアを製造する
4.材料を活かす
5.文章を設計する
6.文章を作る
7.ライフ・スタイルを創る
先ほども書いたが、個々の事例はごく当たり前のことであり、言い換えれば普遍的なことでもある。ただ、知的生産における「文章の書き方」を説明する本としては、この構成は至極まっとうであろう。それに、飽きさせないように読ませる工夫が随所にある。本書で提示されているテクニックがきっちり駆使されているわけだ。
2010年代に発売されている本は、断片的なテクニックにこだわってしまうあまり全体像が見通しにくいことがある。そうしたテクニックはもちろん便利なのだろうが、じゃあ、何をして、どう始めればよいのかはあまり見えてこない。
それに対して、書き始める前の段階からスタートし、実際に文章を書くまでの流れをフォローしているのは親切な構成と言えるだろう。言い換えれば、わかりやすい本である。
個人的にはノートか情報カードではなく、両方を適宜使い分けるという話が面白かった。自分の手法にもアレンジできそうな気がする。
ちなみに、この本の中で語られている一連の流れはブログについても同様に当てはまる。30年という歳月が流れて、多様なIT機器が登場し、すごく便利な世界がうまれていても、人間が頭の中で情報を生みだしていくプロセスそのものは一切変化していないんだな、と改めて感心する。このあたりも「新しい時代の知的生産」としてまとめることができるだろう。
※以下は文庫版
板坂元[PHP研究所 1997]