「成功」、特に社会的成功は、人生の道しるべとして機能する。ときにそれは、北極星として振る舞うことすらある。だからこそ、注意が必要だろう。
村上龍は、本書の中で、成功者の概念の空洞化を指摘している。そもそもとして「成功」という概念には、近代化途上の価値観が織り込まれているから、というのがその理由だ。発展途上の国において、成功とは、経済的成功であり、それに見合った社会的地位の獲得でもあった、
しかし、高度経済成長を通り過ぎ、近代化を達成してしまった現代の日本において、その「成功」の響きはどこか虚しい。もちろん、現代でも経済的成功や社会的地位の獲得は、成功に数えられるだろうが、それが万人に向けた道しるべとなるかは悩ましいところである。
作者は、一つの仮説として、成功者を次のように定義した。
「生活費と充実感を保証する仕事を持ち、かつ信頼できる小さな共同体を持っている人」
これはかなり良い線をついているだろうが、一つだけメスを入れるとすれば、「小さな共同体」だろう。私はこれを、「複数の小さな共同体」に置き換えたいと思う。結局のところ、それが一つしかなければ、必要以上にそれに依存し、制約されてしまう。自分の仕事をそのために曲げなければならない必要にも直面するだろう。だからこそ複数の共同体が必要だ。
とりあえず、著者はその仮説を検証するために、5人の著名人にインタビューをしている。安藤忠雄、利根川進、カルロス・ゴーン、猪口邦子、中田英寿の5人だ。さすがにこれだけの著名人であるからして、私たち一般市民にどれだけ有用かはわからないが、「成功」という概念が、近代化以降ではシフトせざるを得ないという著者の指摘は、心に刻み込んでおきたいところである。
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