0

『めくらやなぎと眠る女』(村上春樹)

英語版と同じ構成で作られた短編集。24の短編が収録されている。もちろんすべて日本語である(タイトルだけ英語版が添えられている)。

基本的に春樹作品は、短編・長編問わずすべて読んでいるので、本書の第一感は、懐かしい、というものであった。そうそう、こういう作品もあったよな、と。若かりしころの私は同じ本をくどいほど読み返したものだが、最近はその習慣もめっきり少なくなっている。再編された短編集である本書は、その機会をうまく与えてくれたと言えるだろう。

しかし、最初に読んでから、ずいぶんと時間が経ってしまった、ということも同時に感じた。たとえば、「トニー滝谷」は、なんとなくタイトルだけは覚えていたものの、どんな話かはすっかり忘れていた。で、読み返していくうちにおぼろげに記憶も蘇ってくるのだが、こんなに悲しい話だとは思わなかった。おそらく最初に読んだ私は、この作品に呼応できる心の動きを持たなかったのだろう。あと、クローゼットいっぱいの服のお話は、なんとなく『騎士団長殺し』を彷彿とさせた。時間を越えた作品の呼応にも気がつけたというわけである。

他の作品も、すぐれたものは多い。「氷男」はあまりにも寒々しいし、「日々移動する腎臓のかたちをした石」は、やっぱり最近の作品だな、ということがわかる。「品川猿」は結構好きな作品である。

とは言え、「螢」はさすがだった。『ノルウェイの森』も合わせると、この「螢」には数度以上触れていることになるが、あらためてリアリズムの文体として確認してみると、そこには目を見張るものがある。彼が(つまり春樹さんが)文章家として卓越していることがまざまざと感じられる。自分で文章を書くようになるまでは、そんなことにはまったくぜんぜん気がついていなかったのだから可笑しいものである。ああ、面白い小説だな、と思っていただけだ。

まあ、作品を書く側としてはそれで十分なのかもしれないが。

▼目次データ

・めくらやなぎと、眠る女
Blind willow,sleeping woman
・バースデイ・ガール
Birthday girl
・ニューヨーク炭鉱の悲劇
New York mining disaster
・飛行機
――あるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか
・Airplane:
or,how he talked to himself as if reciting poetry
・鏡
The mirror
・我らの時代のフォークロア
――高度資本主義前史
A folklore for my generation:
a pre-history of late-stage capitalism
・ハンティング・ナイフ
Hunting knife
・カンガルー日和
A perfect day for kangaroos
・かいつぶり
Dabchick
・人喰い猫
Man-eating cats
・貧乏な叔母さんの話
A “poor aunt” story
・嘔吐1979
Nausea 1979
・七番目の男
The seventh man
・スパゲティーの年に
The year of spaghetti
・トニー滝谷
Tony Takitani
・とんがり焼の盛衰
The rise and fall of sharpie cakes
・氷男
The ice man
・蟹
Crabs
・螢
Firefly
・偶然の旅人
Chance traveler
・ハナレイ・ベイ
Hanalei Bay
・どこであれそれが見つかりそうな場所で
Where I’m likely to find it
・日々移動する腎臓のかたちをした石
The kidney-shaped stone that moves every day
・品川猿
A Shinagawa monkey

めくらやなぎと眠る女
村上春樹 [新潮社 2009]

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です