寓話が好きである。自作の寓話を集めたショートショート集を出版するくらい好きである。
寓話は、短く、皮肉が効いていて、たいていの場合は示唆的だ。というか、何も示唆しないなら、それは寓話ではないだろう。ただ、ある寓話からどのような示唆を受けるのかは人によって違う。それが物語の効能であり、寓話が抽象的な射程の広さを持つ由縁でもある。
本書では寓話が持つ力を3つ定義する。「体験させ力」「感受させ力」「参加させ力」の3つだ。要約するとこうなる。
物語を読みききするとき、人は登場人物や状況を自分に重ね合わせながら、主体的にストーリーをたどっていき、そこに込められたテーマや想いを自分なりに汲み取って、自分自身に反映させていきます。物語は、そうした参加性をもって、情報や「方程式」を伝える仕掛けでもあるのです。
ポイントは「自分なりに汲み取って」の部分だろう。よって寓話は、説教ではない。あくまで自らの気づきの形を取る。だからこそ、心のより深くまで届きうるのだが、反面それがどう解釈されるのかはストーリーテラーには制御不可能である。そこが寓話の寓話たる要素であり、そこにあるのは押しつけがましさではなく、むしろ読み手の想像力(創造力)なのだ。
本書では、ビジネスにも使えそうな寓話が50セレクトされているのだが、たとえば第3話の「売春宿の門番」はこんな話である。
売春宿で門番をしている男がいた。彼は読み書きができず、とりえもないので、その仕事を続けていた。ある日、売春宿のオーナーがかわり、経営の効率化が図られることになった。門番たる男は報告書の提出が義務づけられた。しかし、彼は読み書きができない。結局彼は仕事を失った。
困り果てた彼は、売春宿でよくベットや家具の修理をしていたことを思い出した。そして、それを仕事にすることに決めた。しかし、彼が住む町には金物屋がなかった。仕方なく二日離れた村まで出向き、そこで工具を揃えて帰ってきた。
家に戻ってしばらくすると、隣の若い男から「金槌を持っていたら、貸していただけませんか」と声をかけられた。金槌を貸せば修理の仕事はできなくなる。そう言って断ると、「では、お金を払いますので」と若い男は食い下がる。どうせ修理の仕事もそれほど数があるわけではないと、彼は工具を貸すことにした。そして、金物屋がないその村では、その工具貸しが大繁盛した。その成功を足がかりに工具の販売も始め、結局彼は大金持ちになった。
村への恩返しの気持ちも込めて、彼は自らの寄付で学校を作った。その祝いの席でサインを求められた彼は、実は読み書きができないとことを告げる。周りの人は驚いた。「読み書きができないのにこれほど成功されたのだったら、もし読み書きができたらすごいことになっていたでしょうね」。彼は首を横に振った、「もし読み書きができていたら、私はいまも売春宿の門番をしていたでしょうね」
さて、この寓話からどんな教訓が読み取れるだろうか。本書では、「弱さの強さ」という見出しで、能力には絶対的な優劣などなく、環境によって変わってしまうことが解説されている。なるほど、たしかにそういう側面もあるだろう。
が、私は別の印象を覚えた。それは、「仕方なく」が持つ力である。
環境の変化によって門番の男は弱者となり、そして疎外された。そこで男は「仕方なく」別の仕事について考えた。そして、村に金物屋がなかったので「仕方なく」隣村まで出かけた。もし、環境の変化・状況の制約がなければ、こうした行為はいっさい行われなかっただろう。「仕方なく」な状況は、変化を促す力がある。そこで、「えいや」と行動に踏み切れたものが新しいチャンスを捉まえる(ただし隣村への移動で盗賊に遭遇して死んでしまう可能性もある。チャンスは常にリスクを伴うのだ)。
もう一つ、別の印象もある。それは、「同じことをしていては、スケールアップは無理」ということだ。
門番の男が成功したのは、「工具貸し」の成功を土台にして「工具販売」へと舵を切ったことだ。それでビジネスのスケールが上がった。別の言い方をすれば、ビジネスのスケールを上げたければ、それまでしていたことの延長線上で(つまり線形的拡大に)考えてはいけない、ということだ。
もしその門番が思考を止める人間であれば、工具貸しの仕事をずっと続けるであろう。それは、やがてどこかの野心家がその村で工具販売を始めるまでは続くはずだ。社会やビジネスは、自分一人の都合で動いているわけではない。それは常に動的な変化を含むものである。そこで静止しているものは、後からやって来た存在にあっという間に追い抜かれていく。この辺の話は『仕事は楽しいかね?』でもさんざん語られているので、興味がある方はそちらも読むと良いだろう。
ともかく、一つの寓話を取っても、このようにいくつもの解釈(というか受け取り方)が可能である。だからこそ、寓話はスルメのように何度でも味わえるのだ。
博報堂ブランドデザイン 編 [アスキー・メディアワークス 2012]
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