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『書くのがしんどい』(竹村俊助)

SNS時代の文章読本である。

タイトルにあるように書くことにしんどさを感じている人に、いくつかの軸から処方箋となるノウハウが提示されている。しかし、多くの場合、書くことのしんどさは、本書冒頭にあるようにメンタル的な要素が強いだろう。つまり「書こう」としすぎてしまうから、書けなくなるという逆説的な関係がそこにはある。

もう少し丁寧に言い換えれば、最初からきちんと書こうとすると書けなくなる。そんなことができるのは一部の文才だけだ。我々凡人は、ぞっとするくらい「きちんとした文章」から遠い場所をスタートにするしかない。

言い換えれば、書き始めは「きちんと」していなくていいのだ。雑多だったり、とりとめがなかったり、文法が間違っていたりしても構わない。話がまとまらなくても、トピックセンテンスが見当たらなくても気にする必要はない。箇条書きでもいいし、なんなら音声入力のメモでもいい。ともかく、書き出してみること、書き下ろしてみることが私たちの出発点となる。

そのように思い切れれば、案外スムーズと言葉は出てくる。Twitterでつぶやくのに困難を感じないように、身内と語らうのに身構えないように、思いは言葉となって綴られる。それは何も、あなたの思想であったり、あなたの情報でなくてもいい。他人の話に感動したことや、ふと見かけた風景で爆笑したことなど、思い返せばネタには困らない。あなたの心が、世界に向けて開かれている限り、つまり、あなたの感情がきちんと動いている限り、書くことはいくらでも見つけられる。あなたの思いはそこに宿る。

それを世に出すことで、実はいろいろなものが動いていく。それは10年以上もブログをやっている私が保証してもいい。単なる情報ではなく、あなたの思いを世に出せば、それが波紋となって人の心を動かす。鼓動は、孤独を打ち消す。そういうことが起こりうるのが、現代社会なのだ。

その意味で、本書はノウハウ的な文章読本でありつつ、「書く」という行為をもっとカジュアルに捉えようと思考転換を促す本でもある。

なんといっても、「書くこと」がしんどいと感じている人ほど、「書く」という行為に身構えてしまっている。「書く」を崇拝し、自分とは縁遠い行為だと感じてしまっている。そんな硬くなった心では、スムーズに言葉をつむげるはずもない。武道と同じだ。心と体を柔らかくしているからこそ、力を最大に発揮できる。固まっていてはギクシャクしてしまう。

どのような側面から言っても、現代で「書く」力は重要である。SNSでアピールするといったことだけでなく、メールやチャットのやりとりもそうだし、コネではない転職先に自分の能力を説明するにも文章や書かせない。書くのがしんどいとしても、そんなことは言っていられないという状況がたしかにある。

だから、身構えを解くことだ。自然体で向き合うことだ。そうすれば、メンタル的なしんどさからは開放される。

とは言え、それができたらすばらしい文章が次々に紡げるようになるかというと、もちろんそんなことはない。うまい文章、読みやすい文章、わかりやすい文章を書くには、技術が必要である。幸い、「才能」はほとんど必要ないので、あとはただ技術を訓練していくだけでいい。本書では、それを支えるノウハウがいくつも紹介されている。

ただし、本書を読んでいると、うまく整合しないノウハウにぶつかる。片方では短くせよと言い、もう片方では難しい熟語ではなくもっと身近な言葉を使えという。熟語をひらけば文字数は増えるわけで、短くはならない。結局、書き手というのは、そういう複数の要素についてどこかでバランスさせ、文章を完成に持っていく役割を担った存在なのだ。あるノウハウに従っていれば簡単に見事な文章ができあがるわけではなく、部分部分で判断を下していかなければならない。その判断は、ノウハウによるのではなく経験による。だから、文章を書くことは、文章を書くことを通してしか(あるいは文章を書き直すことを通してしか)うまくはならないのだ。

その意味で、本書で紹介されるノウハウは、断片的に摂取するのではなくこうして包括的に摂取して、それぞれの機能を踏まえながら適用していくのが良いだろう。つまり、ノウハウ自体はツイートや記事で伝えられても、その全体的な運用についてはやはりこうして一冊の本で説明してもらった方がいい。本書を読んで、改めて「一冊の本で説明すること」の大切さが感じられた。

ちなみに本記事は、文章読本的にはあまり褒められたものではないことを最後に断っておこう。決して真似しないように。

竹村俊助 [PHP研究所 2020]

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