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『テトリス・エフェクト』(ダン・アッカーマン)

テトリスについての本である。といっても、ゲームの攻略法が書かれているわけではない。

テトリスというゲームがいかなる創意によって生まれたのか。そして、いかなる交渉の綱引きによって世界中へと「感染」したのか。それが、あたかもミステリー小説であるかのように語られる。

もちろん、私たちはその結末を知っている。テトリスは世界中で一番売れたゲームだし、その最強の相棒となったのは、他でもない任天堂のゲームボーイである。

本書の主人公と呼べる人間は二人いて、一人はヘンク・ロジャースその人である。彼は「ザ・ブラックオニキス」というD&D風の、日本初のファンタジー・コンピュータRPGの開発者でもあり、任天堂からゲームボーイ版のテトリス発売の権利獲得のために単身ソビエトに向かった人間でもある。1989年、つまり、ソ連が崩壊する前(言い換えればソ連がまだ存在していたとき)にソビエトを訪れ、しかも特に何かコネがあるわけでもないのに、契約に臨むとはいったいどんな度胸を持つ人間なのであろうか。

本書は単に事実を列挙するだけでなく、登場人物の掘り下げも丁寧に行われているので、この辺も実に面白く読める。

で、もう一つの主人公が、アレクセイ・パジトノフである。テトリスの開発者だ。幼少のころ、ペントミノという図形ゲームが大好きだった彼は、コンピュータにもそれを持ち込んだ。もちろん、ペントミノがそのままテトリスになるわけではない。そこには「発明」に至るまでのエピソードがある。ゲームデザインの話が好きな私は、この辺も実に楽しめた。

テトリスには、ストーリーもないし、個性的なキャラが活躍するわけではない。地味と言えば地味である。非常に抽象的で、幾何学的なパズルゲーム。しかし、純粋な知性のみのゲームではない。落ちてくるブロックを動かして、適切な場所にはめ込むというアクション的要素、つまり反射神経も求められる。

このことが、テトリスの世界感染に貢献したのだろう。

抽象的で幾何学的なパズルゲームは、言語や文脈や物語をほとんど必要としない。ファンタジーRPGに比べればローコンテキストなのである。だから、それを楽しめる素養がある人ならば、誰でも楽しめてしまう。ひとたびコントローラーを握り、勘所を掴めば、へプルは一切必要ない。純粋にゲームに没頭できる。

しかも、長くプレイを続ければ続けるほど、ゲームの速度は上がっていく。考えるよりも先に、ブロックを動かさなくてはならない。つまり、原始的な反応が求められる。これが実に中毒性をもたらすのだ。

結果的に、テトリスというゲームは、あまりにプレイにのめり込むと、ゲームをしていないときにも四角いブロックたちが頭に浮かぶようになってしまう。それが「テトリス・エフェクト」だ。本書のタイトルでもあるその言葉は、「パターン化された行為を繰り返し行なうことが最後には個人の嗜好や空想を作り出すようになる」現象を指す。

クレオパトラの鼻の高さが違っていれば歴史が変わっていた、なんて言説があるが、おそらくテトリスのゲームデザインが少しでも違っていれば、ここまで熱中する、そして世界中に広まるゲームにはならなかっただろう。その妙が、非常に面白い。

さらに、ブロックを回して、落とすだけの単純なゲーム性が、ゲームボーイというゲーム装置と非常にマッチした、という話も見逃せない。たしかに、よくよく考えてみれば、白黒ディスプレイで長持ちするバッテリー(電池だが)と、十字キーと二つのボタンというのは、どう考えてもテトリスをプレイするのにうってつけのインターフェイスである。

この二つの邂逅が、任天堂が当初予想していた以上の売上げをもたらしたのも、意外なことではないかもしれない。そのような世界への波及と影響ということもまた、本書のタイトルには二重に込められている。

とにかくまあ、タイトルから予想するよりも、たくさんの興味深い話題が詰め込まれた本である。読み物としても優れた一冊だ。

テトリス・エフェクト
ダン・アッカーマン 翻訳:小林啓倫 [白揚社 2017]

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