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『手帳進化論』(舘神龍彦)

手帳論+手帳術論というハイブリッドな一冊。

第1章、第2章では日本の手帳史や現代的な位置づけが語られ、第3章以降では手帳の使い方が解説される。使い方に関しては、2007年ということもあり、著者からもバージョンアップした内容の別の本が登場しているが、冒頭二つの章に関しては類書もなく、今でも面白く読める。

著者は、手帳の歴史に3つのポイントを設定する。

  • 年玉手帳の成立
  • システム手帳の登場
  • 平成不況

年玉手帳とは、会社から社員に向けて配られる手帳であり、会社回りの情報があらかじめ記載されている。もちろんそれは、会社という共同体への帰属意識を強めたり、一体感を醸造するのに一役買っていたのだろう。その年玉手帳は軍隊手帳の流れを汲むと、著者は鋭い指摘をする。確かにその通りだろう。企業戦士という言葉もあったように、社員と会社は運命共同体であった。

そこに変化のくさびを打ち込んだのが、システム手帳である。バインダー式のシステム手帳は、使う人によってその構成要素を自由に組み替えられる。そのカスタマイズ性は、単に個人に最適化した使い方を可能にするだけではなく、社員と会社の結びつきを解体させる力を有する。なにせそうしたシステム手帳には、年玉手帳に記載されていたような「企業理念」などがまったく存在しないのだ。また、同じ社員でも別の手帳を使っているという事実は、一体感の疎外にはつながっても、その醸成には役立たないだろう。

ここまでは幸福な解放の物語に見えるのだが、それは経済成長という裏書きによって成立していた一種の幻想であった。

平成不況後の日本では、当然個人もその影響を受けることになる。不安定感が増し、動揺が走る。しかし、もはや今の個人は年玉手帳に代表されるような装置によって大きな共同体(=会社)には結びつけられていない。システム手帳を自分で構築しなければならないのと同じように、自分の生活も自分でなんとかしなければいけないのだ。そのような自由が持つ不安定さは、好景気のときには見過ごされていたのだが、不況の到来によって一気に明らかにされてしまった。

そこで有名人手帳の登場である。著者は以下のように指摘する。

ここに至って、手帳は新しい二つの役割を期待されることになる。それは、共同体への失われた帰属感を埋めることであり、有限の資源である時間を有効、能率的に使うための道具としての役割である。

「成功」したビジネスパーソンがプロデュースする手帳は、単にブランドによる権威付けだけではなく、不在のロールモデルを提供し、自分がどこかに所属している感覚をもたらしてくれる。しかもその手帳には、この危なげな社会を渡っていくためのノウハウが盛り込まれているのだ。ユーザーが殺到するのも納得できる。

そしてこの流れは、多少姿を変えて2017年にも続いている。共同体への帰属は、コミュニティ感覚というもう少しゆるい連帯に、時間の有効活用は、数字で測れる能率だけではなく、「充実した一日を過ごせせる」という感覚的なものに拡張されて手帳の存在に意義を与え続けている。つまり手帳は、そこに文字情報を書き留め、保存し、後から取り出すためだけのツールではないのだ。そこには、社会的・文化的な文脈が宿っている。

このような視点を持つことで、より手帳がうまく使えるようになるのかは不明だが、少なくともある種の手帳術に信仰に近い期待を持つことは避けられるだろう。人文的な知識には、そのような効用がある。

本書は、ビジネス・実用書的な現象を、人文的な視点で解説する実に痛快な一冊である。そのような内容は、ビジネスパーソンがお手軽に欲しているノウハウからもっとも縁遠いところに位置しているかもしれないが、面白い本とはだいたいそういうものである。

▼目次データ:

第1章 手帳とは何か?―役割で読み解く手帳進化史
第2章 今、手帳はどうなっているのか?―成り立ちから現代の“手帳術”を探る
第3章 手帳のシステムを知って、独自の“手帳術”を編み出す
第4章 手帳にアイテムを組み合わせて使う
第5章 手帳スイートを組み立てる

手帳進化論―あなただけの「最強の一冊」の選び方・作り方 (PHPビジネス新書)
舘神龍彦 [PHP研究所 2007]

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