もちろん、新刊のことではない。新しいスタイルの本といった含意があるのだろうこの「新書」は105×173mmであり、単行本よりは小さく文庫本よりはやや大きいサイズになっている。
カバーはソフトカバーで、しかも叢書である。叢書(そうしょ)とは、さまざまなコンテンツを同一の形式で順次発行していくもので、シリーズやレーベルを思い浮かべればよいだろう。スタイルが統一されていて、毎月程度の発行頻度がある。
岩波書店がスタートしたこの新書というスタイルは、手軽な価格で専門的な知識の入り口に立てるという意味で、実に啓蒙的であることは間違いない。現代では教養新書以外にビジネス新書や実用新書と呼べるものも出ているが、基本的なコンセプトは同じだろう。その道に熟達した人が、そうでない人に向けて門戸を広げるための本。そんな風に位置づけられる。
だから、本読みの人が何か新しい分野に興味を持ったら、まず新書の棚を覗くことになる。そこには本当にさまざまな形の「入門書」が陳列されている。哲学や思想の入門書が多いが、そればかりではない。なんならタスク管理の入門書もあるくらい実用も射程に入っている。新書は私たちの生活に寄り添っているのだ。
逆に、好みの新書レーベルをチェックし気になった本から、新しい分野のことを知る場合もある。入門したいから読むのではなく、面白そうな入門書だから読む、といった具合だ。そのような出会いもまた、読書の楽しみではあろう。
とは言え、新書はがっちがちの教科書でもないし、その分野を網羅する学術書でもない。本を通して市井の人々に、ある分野において広がっている風景を垣間見せる本だと言える。だから、新書は以下の二点を含んでいて欲しい。
「ほら、この分野めっちゃ面白いでしょ」という熱意
「興味を持ったらさ、こういう本を読んでみてよ」というガイド
大学で使う教科書ならば、学生に読むことを強制できるかもしれないが、新書は基本的に市井の人が読むものであり、(極端に言えば)書き手が読み手の情熱を喚起させるものでなくてはいけない。その際に、平坦に事実を記述するだけではなく、その分野が刺激するであろう知的好奇心がその本の中で再現されているのが望ましい。それは本を読み進める原動力にもなるし、その分野に興味を持ってもらうきっかけともなりうる。入門の書とは、かくあるべきではないか。
また、すべてを網羅するわけにはいかないのだから、入門した後のルートについても手がかりが欲しい。その分野がどのような知見でなりたっており、主要な考え方にはどんなものがあって、それを辿るにはどういう本が役立つのかが示されているだけで、単独で本を探すよりもはるかに楽になる。インターネットがこれだけ浸透していても、ある分野における基本的な文献を見つけ出すのはそう簡単ではない。あるいは年々難しくなっている。
だからこそ、そのようなブックガイドは「入門の書としての新書」に書いてあって欲しい。
ともあれ新書は面白い。実に越境的だ。同じ新書レーベルというだけで絶対に普通の書店では横に並ばないような本たちが横に並ぶようになる。私のように毎月特定の新書レーベルの新刊をチェックして、面白そうだったら買ってみるという本との「出会い方」をしている人も多いだろう。
つまり、新書は熟練者と無関心な人間の越境的存在であり、また新書という枠組みの中でジャンルの越境的存在でもある。だから、本を読む楽しさは、案外に新書から得やすいかもしれない。
ちなみに、私は中公新書、岩波新書、講談社現代新書、ちくま新書が大好きであり、家にいっぱいある。他のレーベル(たとえば新潮新書や光文社新書やPHP新書など)もそれなりにあるが、先の4レーベルは圧倒的である。別にインテリぶりたいわけではなく、それらの新書は本当に面白い本が多いのだ。教養・実用問わずそうである。
「本を読む」というと、何かしら単行本やハードカバーを読まないと「格好がつかない」みたいな雰囲気があるのかもしれないが、実際新書から得られるものは多い。ぜひとも、これまであまり新書を読んでこなかった人はいろいろ新書漁りをしてもらいたいものである。