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『術語集』(中村雄二郎)

哲学者・中村雄二郎による用語解説、というと重々しいが、軽快にサクサクと読んでいける。1984年における「現代思想」にまつわる全40項目が、それぞれ5ページで端的にまとめられている。著者なりの解説、といった趣が強いかもしれない。

それぞれの項目は、複数の項目の和から成り立っていて、たとえば1の「アイデンティティ」は、「存在証明/自同律/相補的アイデンティティ」と副題が当てられているし、23の「制度」は、「第二の自然/見えない制度/リゾーム」がくっついている。もちろん、各項目もまた(まさしくリゾームのように)互いに関連性を持ち、その旨は明示されている。

読んでいて感じたのは、たとえこれが1984年の本であっても、ごく普通に現代において「知識」として使えるな、ということ。「仮面」「記号」「構造」「差異」あたりは、もはやその手の文章では常識の範囲(≒見えない制度として取り込まれているもの)だし、「異常」や「狂気」や「道化」が孕む問題は、2017年になってもまったく解決してないどころか、ますますやっかいな状況に嵌り込みつつある。

著者は術語の効用を「素手あるいは日常のことばだけではよく見えなかった隠れた現実がそれをとおして鮮明に見えてくることにある」とした上で、次のように書く。

だが、翻って考えるとき、そのように物事を見えやすくする働きは、なにも術語や専門用語にかぎらず、日常のことばにもあるのではなかろうか。ことばがことばであるかぎりもっている働きではなかろうか。(中略)ことばつまり文節言語とは、世界あるいは現実をことわり(理、言割り、事割り)化し、ロゴス化するものだからだ。

以前紹介した『虐殺器官』では、その言葉が持つ文法の力が人間の認識に働きかける仕掛けが提示されていたし、『あなたの人生の物語』(映画は『メッセージ』)では、文節言語によらない私たちの認識の可能性が提示されていた。

そこまで極端なものではなくても、今私たちが欲しているのは、新しい現実を捉えるための新しい言葉であろう。1984年の術語集が普通に読めてしまう状況は、私たちの言葉錬成不足をもまた表しているのかもしれない。

▼目次データ:
術語──知の仕掛けとしての
1 アイデンティティ
2 遊び
3 アナロギア
4 暗黙知
5 異常
6 エロス
7 エントロピー
8 仮面
9 記号
10 狂気
11 共同主観
12 劇場国家
13 交換
14 構造論
15 コスモロジー
16 子供
17 コモン・センス
18 差異
19 女性原理
20 身体
21 神話
22 スケープ・ゴート
23 制度
24 聖なるもの
25 ダブル・バインド
26 通過儀礼
27 道化
28 都市
29 トポス
30 パトス
31 パフォーマンス
32 パラダイム
33 プラクシス
34 分裂病(スキゾフレニア)
35 弁証法
36 暴力
37 病い
38 臨床の知
39 レトリック
40 ロゴス中心主義

術語集―気になることば (岩波新書)
中村雄二郎 [岩波書店 1984]

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