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『妄想する頭 思考する手 想像を超えるアイデアのつくり方』(暦本純一)

想像を超えるアイデアはいかにして生み出されるか。

妄想によって、と本書は答える。もう少し言えば、「頭の中の妄想を、手で思考する」ことによってだ。

ここで言う「妄想」は、本人の思い込みに過ぎないもの、くらいのニュアンスだろう。もちろん、「その時点においては」という保留がつくのがポイントである。言い直せば、現時点において「非現実的」だと感じられる着想が妄想である。

そうした妄想は非-現実-的であるからこそ、新しい。なにせそれがすでに存在している、あるいは既存の技術の改良だけで実現できるなら、「非現実的」とは評されないだろう。そういうレイヤーにないものを妄想と呼ぶのである。

そうした妄想を着想の出発点にすることが、未知のものを呼び込むためには必要なわけだが、しかしそれは妄想していればそれでいい、という単純な話には帰結しない。先ほど引いた言葉の後半部分(手で思考する)がここで効いてくる。

まず妄想はその時点で非現実的なものであり、それをこの世界に顕現させるためには、手を動かして「プロトタイプ」を作るしかない。重ねて言うが、もしちょっと手を動かしただけで即座に完成に至れるなら、それは妄想ではなく理屈である。妄想であるからには、ちょっとやそっとでは完成しないのだ。だからこそ、まずプロトタイプを作ってみる。そして確かめる。このまま進んでいいのかどうかを。

本書も指摘しているが、妄想的な発想は基本的に歩留まりが悪い。「こうすればうまくいく」という帰納的に見出されたルールに沿っていないのだから必然である。だからこそ、素早く小さくプロトタイプを作り、その感触を確かめる必要がある。そして、何か問題があるならば、早めにそれを検知する必要がある。

ここからが本書の肝である。小さく作り、問題を把握し、必要とあれば改善していくというプロセスの中で、新しい発見があり、場合によっては最終的なアウトプットが変更になってしまうことがある。そうした方向転換を本書ではピポッドと呼んでいるが、まさにそれが「想像を超える」アイデアを作るために必要なことであろう。

本書で提示されるのは、ゴールを決めて少しずつPDCAサイクルを回して目標地点にたどり着きましょう、というお行儀の良い改善プロセスではない。そうではなく、進む道行きの中で起こる発見に合わせて、目標地点そのものを動かしてしまいましょう、というダイナミックなプロセスである。

たしかに妄想をスタートとする。それに動機づけられて手を動かす。しかし、妄想に固執したりはしない。試行錯誤の中で得られた発見があれば、そちらを大胆に採用する。だってそっちの方が良さそうだから、という極めてプラグマティズムな理由によって。結果的に、当初妄想したものとは違ったものができあがる、想像もしなかったものができあがる。

同じことは文章を書いていても感じる。なんとなく感じたことをつらつらと書き連ねていくうちにダイナミックに論旨が転換し、「おっ、こんなこと自分は書きたかったんだ」と発見し、それに合わせて原稿全体を改稿していく。そのプロセスはできあがる原稿の質を担保する以上に、自分にとってスリリングである。やめられない。

本書はそのような心躍るプロセスに読者を誘ってくれる楽しい一冊でもあるが、逆説的にそうしたプロセスと逆のベクトルを持つ「選択と集中」「逸脱を許容しない研究計画」「今役立つものしか評価しない姿勢」という「真面目さ」に対する警句でもある。

そのような真面目さはたしかに能率的であり、「新しい」ものが要求されず、むしろ同じものを繰り返し産出することが求められる環境(つまり大量生産・大量消費社会)では機能したかもしれないが、そうした社会はすでに過去のものになりつつある。しかし、いまだにこの社会はベクトルの変化がうまくいっていない。少なくとも、シフトに成功したとは言い難い状況である。それは社会制度の機能不全とすら表現しうるだろう。

その機能不全は、第一に「新しい」ものが生まれてこず、第二に生み出すことの楽しさが抑制され、第三にその統合として社会全体に閉塞感をもたらしてしまう。由々しき事態だ。それ以上に、こうした問題があると認識すらされていないことが、より厄介な状況かもしれない。「今の状況とは違う社会の状況」が妄想されなくなっているのだ。

非-現実-的な思いはイマジネーションの発露であり、「今ここにある」社会を変えていく原動力になる。しかも、憎しみや悪意とは異なった力をそれは持つ。むろん、試行錯誤とピポッドを繰り返して進んでいくそのアプローチでは、私たちがたどり着く社会はきっと「想像もしなかった」ものになるだろう。何かを希望と呼ぶならば、まさしくそうした社会こそが希望と呼べるに違いない。

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