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『NO HARD WORK!』(ジェイソン・フリード、デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン)

痛快な本だ。そして、大きな問題提起を行っている本でもある。

著者ら二人は、「ベースキャンプ」という会社の経営者だ。そしてその会社は「ベースキャンプ」というツールを開発・提供している。クラウドベースのプロジェクト管理ツールで、社内コミュニケーションもツール内で完結する優れものである。

とは言え、そのカテゴリには競争相手が多い。同じような(しかし毛色が異なる)機能を提供するITツールは多い。そんな激戦区を生き抜くために、ベースキャンプは従業員を叱咤激励し、降り注ぐタスクを次から次にこなすだけの力をサポートするために社内ジムやら無料の食事を提供していたりはしない。まるで、逆だ。

二○年近く、僕らは、自分たちの会社ベースキャンプを穏やかな会社(ルビ:カーム・カンパニー)にしようと努力してきた。僕らの会社は、プレッシャーをかけたり、大至急という言葉でメンバーをせかしたり、追い立てたりもしない。夜遅くまでの残業や徹夜もない。果たせるはずの無茶な計画や高い離職率もない。つねに破られる締め切りや、けっして終わりそうにないプロジェクトもない

現代は資本主義社会であり、その市場に放り込まれる企業は、必死で成長していかなければいけない、という前提がある。しかし、彼らはこう言っているのだ。「それって本当に必要なんですか?」と。

もちろん、企業として利益を上げる必要はあるし、成長していくことも悪いことではないだろう。しかし、数字が先に決まっている成長とは一体何だろうか。会社の実情に合わせたゆるやかな成長ではなく、(まるで投資家からお金を引き出すことが目的であるかのような)作られた成長。そこに一体どんな意味があるというのだろうか。

その歪な成長目標のおかげで、過剰な競争が行われ、そのツケを従業員の必死の労働が支払う、という構図。「それって本当に必要なんですか?」と私も問いたくなってくる。

著者ら二人は、カーム・カンパニーを目指した。競争することが目的になっている競争から距離を置き、自身のプロダクトと顧客の利益にだけフォーカスしている。そんな彼らが毎年きちんと利益を上げているというのだから痛快である。

僕らは比べない。ほかの会社がしていることは、僕らができることや、僕らがしたいこと、僕らが選択したことに、なんの影響も及ぼさない。ベースキャンプでは競争はない。追いかけなくちゃいけないウサギはない。僕らが幸せかどうか? 顧客が購入してくれるかどうか? を尺度に、ベストを尽くして働くことで深い満足を得ている。

もしかしたら、市場で信じられていることは、幻想とまでは行かないものの、唯一の真理ではないかもしれない。本書を読んでいると、そんな風に思えてくる。

かく言う私も、実は似た考え方を持って物書きをやっている。ベストセラーに興味はないし、文壇に入りたいとも追わない。全国、知名度、有名人。私の辞書には存在しない。ただ、私が満足する本を書き、それによって読者が満足してくれる状況が作れるならそれで十分である。というか、一体それ以上に何を望めばいいのかわからない。それぐらい幸福なものはないのだから。

ここで、本書における一番大切なポイントが呼応する。

「会社はひとつの製品だ」

一見わかりにくいかもしれないが、考えてみれば当たり前のことなのだ。会社組織というのは、すでに完成形が見えていて、どんな企業でも画一的に通用する方程式で産出されるようなものではない。決まり切った会社の在り方など、存在しないのだ。

にもかかわらず、多くの会社がよくある会社の在り方を真似てそれを「完全なもの」だと考えてしまう。そして、そう考えると、会社を変えていこう、という発想は生まれない。

でも、会社を製品だと考えればどうだろうか。製品は、毎年改良されていくものである。それと同じように、会社組織(会社の在り方)もまた、少しずつバージョンアップしていくのだと考える。

製品は技術者が改良し、会社は経営者が改良する。おそらくそれが、ドラッカーが言った意味での「マネジメント」である。マネジメントは、部下をこきつかうための手練手管ではない。それは、経営者自身をも巻き込む会社の在り方のアップデートなのだ。

本書には、著者らが実施しているカーム・カンパニーに至るための方法論や考え方がいくつも紹介されている。それは場面場面できっと役立つだろう。しかし、それ以上に「会社はひとつの製品だ」と捉え、会社そのものをデザインしていく考え方は、広く有用であるように思う。

▼目次データ:

はじめに
大志は抑えて
自分の時間を大切に
組織文化を育てる
プロセスを解体する
ビジネスに力を入れる
おわりに

NO HARD WORK! 無駄ゼロで結果を出すぼくらの働き方 (早川書房)
ジェイソン・フリード、デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン 翻訳:久保美代子 [早川書房 2019]

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