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『現代思想入門』(千葉雅也)

本書は、現代哲学の入門書です。あるいは入門書の入門書です。

「入門書の入門書」ってどういうことかというと、そもそも哲学の入門書自体がけっこう難しかったりしますし、種類もいろいろあってどれから読めばいいのかもわからない、みたいなことが起こりがちです。本書は、デリダ、ドゥルーズ、フーコーの三人の哲学者を主軸に据え、彼らの哲学をざっくりと──非常にざっくりと──まとめながら、実際に「入門」するためにはどんな本を読んでいけばいいのかが提示されています。だから、入門書の入門書というわけです。

とは言え、単調なガイドブックになっているわけではありません。現代思想に統一するテーマとして「脱構築」を見立て、それぞれの哲学者を「概念の脱構築」(デリダ)、「存在の脱構築」(ドゥルーズ)、「社会の脱構築」(フーコー)と配置してみせる手つきは鮮やかで、かつ見事に捉えやすく仕上がっています。まさに、入門書の入門書です。

本書を読めば、現代思想がいったいどのようなものなのかの大枠(アウトライン)を捕まえることができるでしょう。

では、現代において「現代思想」の哲学を知ることにどんな意義があるでしょうか。

どうにも、現代では「現代思想」(あるいはポストモダン)はうさんくさい存在の扱いを受けています。ソーカル事件のような話題を引き合いにして、「あんなものは、適当なことを書いているだけの輩だ」という批判が為されるわけです。

もちろん、そうした批評が的を射ている場合もないわけではないでしょうが、本書で紹介される三人の哲学者が掲げる思想を丁寧にひも解いていけば、そんな断罪はあまりにも一方的に過ぎることが見えてくるでしょう。

特にデリダの「脱構築」というアプローチは、高速で情報がやり取りされる中ですぐにゼロイチ思考(あるいは白黒思考)という二項対立に陥ってしまう現代において、有効性が高まっていると感じます。二項対立を止揚するのではなく、その対立が生じる手前で思考する、という遅延的な思考スタイルは、何でも高速化と進歩が叫ばれる世界において「別の仕方」を提示する力を有しているのではないでしょうか。

本書の後半に位置する第六章「現代思想のつくり方」では、そうした思考スタイルを実践するためのアドバイスが提示されています。すばらしい「知的生産の技術」です。私などは、ついつい話を中庸にまとめたくなってしまうので、本書で提示される論の立て方は非常に刺激的でした。

また、付録「現代思想の読み方」で紹介される、ややこしい文章の「ざっくりとした」読み解き方は、あまり表立って教えてもらえない実践的な読解のスタイルになっていると感じます。その意味でも、単なる入門書を越えた、実践的なアドバイスが詰まった一冊と言えるでしょう。現代思想に興味を持ったのなら、手に取って間違いない一冊です。

以上は、初心者用のコメント。ここからは上級者向けコメントになる。

本を書く上で難しいのは、ダイナミック(動的なもの)をどう伝えるのか、という点だ。文章はリニアに流れていくが、しかし何かを解説するとなると、途端にそれが静的なものに感じられてしまう。「動き」が起こりにくいのだ。どうしてもスナップショットの連続に感じられて、そこにあるはずの躍動感が失われてしまう。

たとえば、「脱構築」もその説明を読むと一回こっきりで終わってしまう所作のように感じられるが、しかしその実体は(やろうと思えば)無限に繰り返されるものだろうし、まさにその繰り返しの中にこそ「脱構築」の意義があるのだと思う。脱構築は、プロセスであり、プロセスの中でしかその意義が発揮できない、とすら言えるかもしれない。

注目したいのは本書の文体である。非常にフレンドリーなやわらかい文体が選択されている。語りかける言葉だ。しかしそれは、インタビューや講義の「書き起こし」のような文体にまではなっていない。どこかに硬質なもの、文章としての文章が残っている。二つの文章の中間的なものになっているよりは、それらの両方が含まれているような、そんな感触を受ける文体である。完全なパロールでもなく、完全なエクリチュールでもない。あるいは、その両方であるもの。

そのような文体で書かれた文章を読んでいると、私の意識はぐらぐら動いていくことになる。ときにパロールに感じられ、ときにエクリチュールが顔を出す。たしかにここにはプロセスがあり、その体感はダイナミックなものである。

もう一つ、文体以外に内容がある。

基本的に書籍は目次をツリー構造として持つ。本書も同様に章立てが行われている。しかしながら実際に本を読んでいると、そんなに簡単な話でないことがわかる。冒頭の三章で提示された哲学者の思想に、後半の章の内容が次々に接続されていくのだ。単に前から後ろに話が流れていくだけでなく、その流れをかく乱するような接続が本書には随所に見られる。その関係性を図示すれば、ツリーではなくリゾーム構造になるだろう。さまざまな方向に根を伸ばすリゾームが、まさに本書の内容において示されている。つまり、私たちは読書においてリゾームを「体験」するのだ。なんということだろうか。

本書は、現代思想の概念紹介と実践のためのアドバイスがコンパクトにまとまっている一冊であるが、しかしもう一つ上のレイヤーでは、形式と内容の一致も行われている。おそらく本書を読んだ人は、非常に読みやすい本だと感じると共に、それだけではない、という感覚も同時に抱くだろう。本を読むことでしか得られない独特の体験が本書ではデザインされているからだ。

一人の書き手として本書に対峙すると、もはや「圧巻」という言葉しか出てこない。入門者向けの優れた内容である上に、本の書き方としても意欲的なチャレンジがあり、それらが見事な着地を見せている。

そんなもろもろを含めて、本書はお薦めできる一冊だ。多様な方向から刺激を得られるだろう。

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