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『たったひとつの冴えたやりかた 改訳版』(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア)

彼女がそのメッセージを入力したとき、いったいどんな気持ちだったのだろうか。精一杯笑っていたのだろうか、それとも……なんてこと考えると胸が熱くなってくる作品である。もちろん、明るい話ではない。

SFには、とびきりのディストピアが描かれるものもあるし、『夏への扉』のように前向きなものものあるのだが、本作は少し違う。もちろん、いい年のおっさんたちが地球を救いに隕石を壊しにいく作品でもない。彼女は、誰の期待も背負っていないのだから。

ある意味で、それは冴えてなどなかったのかもしれない。もっと懸命な方法がどこかにはあったのかもしれない。でも、彼女(たち)にはそれを手にすることはできなかった。だからこれは、彼女なりの、すっきりとした、つまりややこしさのない解決法だったのだ。

だから、この言葉にはいつでも悲しい響きがつきまとう。そのメッセージを受け取った人たちの、果てしのない悲しみがこだまする。そんなのは、ちっともNeatじゃない、と。

そこにどれだけの友情の交流があろうとも、いや、そうであるからこそ、この言葉は悲しい。責めるべき存在などどこにもない。ただの巡り合わせなのだ。そうであるからこそ、悲しみは深くなる。「たったひとつの冴えたやりかた」とは、そういう言葉だ。

ちなみに、原題は『The Only Neat Thing to Do』であり、このNeatをNEETともじって使っているのが『神様のメモ帳』である。こちらも、重く、悲しく、それでも前を向いていく作品だ。

たったひとつの冴えたやりかた 改訳版
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア[早川書房 2008]

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