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ウェブ時代の書き手に必要な「3つの逆転」(堀正岳)

書き手に必要なものは何か。

ありあまるほどのお金? たぐいまれなる文才? ほとばしるような名誉? それともマグマのようなルサンチマン?

答えは簡単。それは「読者」である。読み手がいるからこそ、書き手は書き手であり続けられる。書き手の価値は、読み手が決めるのだ。

没後に評価された作家は、同時代に読み手を持たなかった作家のことだ。それに、プロの作家というのは、その人の文章にならお金を払うのにやぶさかではないという読者をたくさん持つ人のことを指す。ようするに、すべては読者次第なのだ。

だから、書き手は読者を求める。昨今の問題は、書き手の数があまりにも膨大になっているのに読み手の増加がまったくそれに追いついていない点である。最近行われた第1回カクヨムWeb小説コンテストでは、5,788作品が集まったらしい。一作品に100人の読者を割り当てるとしても、(のべで)とんでもない数が必要だ。

さらに、読書以外のメディアも__それも無料メディアも__盛んであり、メディア間の可処分時間(あるいは可処分注意力)の奪い合いも激しい。読み手不足は、コンビニの夜勤のアルバイト事情くらいに深刻である。

でも、だからこそ余計に書き手は読者を求める。よって競争の激化は止まることはなさそうだ。

だったら、何かしらの戦略が必要だと考えるのは、ごくまっとうな判断であろう。「別に読まれなくたっていいもんね」と部屋の隅でいじけていてもいいのだが、だったら公開せずにローカルファイルに保存しておけばいい。それを他者に向けて公開するのならば、それがたった一人の読者であっても、その読者に見つけてもらえるための工夫は必要になってくる。

本書では、「逆転」という逆説的な視点で3つの指針が示されている。

第一の逆転:読者を減らす
第二の逆転:価値あるものを、無料で与える
第三の逆転:ジャンルに向けて書かない

これらすべてが「読者と出会う」ための戦略である。

ちなみに、「読者を減らす」というのはコンテンツに鍵をかけるといったことではなく、読者を選ぶということだ。別の言い方をすれば、「誰でもいいから」という姿勢を捨てることとなる。

PV重視の手法であれば、「誰でもいいけど」の姿勢は成立する。しかし、コンテンツの中身で勝負しようとしている人間がその姿勢ではいけない。なにせ「誰でもいいから」は、読者のことをなったく見ていない。そして書き手がまさに必要としているのが、その読者なのである。もしそれで読者(あなたのコンテンツにお金を払ってくれる読者ということである)を獲得できたとしたら奇跡だろう。SMの女王様だって、相手のことを考えて演じていることを忘れてはいけない。

最近読み終えた『Who gets What』の冒頭に面白い話が出てくる。一般的に「市場」と呼ばれているものにもいろいろあり、これまでの経済学が扱ってきたのは基本的に「コモディティー市場」なのだが、それ以外にも「マッチング市場」というものがあるという。

コモディティー市場では「何をいくらで買うか」だけがフォーカスされる。企業が小麦粉を仕入れる場合は、品種とそれをいくらで買うかだけを決めれば良く、産地や生産者がどんなポリシーを持っているのかは基本的に気にしなくて良い。市場がその小麦粉に「A級」という太鼓判を押しているのなら、その品質について気にする必要はないわけだ。

しかし、市場にはそれ以外のものもある。「誰から(どこから)買うのか」が重視されるような商品の場合は特にそうである。そのような市場では価格はシグナルとして機能しない。別のものが必要となってくる。

その視点で眺めてみると、上に引いた3つの逆転の指針はコモディティ市場にはまり込むことなく、マッチング市場に自分のコンテンツを置こう、というアドバイスとして捉えられる。そして、マッチング市場であるからこそ、ニッチなものでも息ができる。

もしコモディティー市場でも圧倒的に勝ち抜ける自信があるならば、猛然とそこにチャレンジしてみてもよいだろう。そうした自信がないならば、ニッチを活かす戦略を取ることだ。

ちなみに、私から上の指針に何か一つ付け加えるとすれば、「コミュニティ」を大切にする、があるだろう。それはサロンを作ってワイワイやろう、ということではなく、読者との対話を重視したり、読者同士の関係性を構築することを意識する、ということだ。

もちろん、そのようなことは不得意かもしれない。しかし、何かしらはできることを探すのがよいだろう。

ウェブ時代の書き手に必要な「3つの逆転」 ~多様化する「書く」ための戦略~
堀正岳[NPO法人日本独立作家同盟 2016]

Who Gets What(フー・ゲッツ・ホワット) ―マッチメイキングとマーケットデザインの新しい経済学
アルビン・E・ロス[日本経済新聞出版社 2016]

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