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『デジタルで読む脳 X 紙の本で読む脳』(メアリアン・ウルフ)

副題「「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる」に出てくる「バイリテラシー」とは何だろうか。その理解が、本書の鍵であろう。

まず読字能力(リテラシー)の特別さが確認される。私たちは、周りの人間が話している言葉を耳にすることで自然に話し言葉を覚えていくが、読み書きはそうはいかない。極端に言えば「特別な訓練」が必要となる。脳は、すでにあるいくつかの能力を組み合わせ、高度に連携させることで文字を読む能力を後天的に獲得する。つまり、そのための特別な回路が脳に生まれることになる。

そうした能力の獲得は、広い意味での環境が強い影響を与える。文化といった広い側面だけでなく、家庭環境という狭い空間ですらその影響は無視できない。そして、これからの時代、そうした読字能力の獲得に関する環境はどんどんと変化していこうとしている。そのときに、獲得されるリテラシーとはどのようなものなのか、というのが著者が眼差しを向ける先である。

非常に単純化して言えば、本を読んで育った世代と、Webを読んで育った世代では、獲得されるリテラシーは異なるだろうと著者は睨んでいる。それを示唆するいくつかの研究もあるようだ。著者は、本を読むことで得られる読字能力を「深い読み」と位置づけ、デジタル的・インターネット的な読みで獲得される能力と対比している。たしかに、Webは斜め読みどころか流し読みが基本である。タイトルや見出しだけチェックして、さっさと通り過ぎる。それがデフォルトの読み方だろう。

そうなのである。2020年に40歳くらいになっている人間は、二つの読み方を使い分けている。すばやく読み飛ばす能力と、じっくり味わう読み方だ。つまり、我々の世代はバイリテラシーを獲得しているのだ。それは、幼少期にはデジタル的・インターネット的な読み物環境が存在しなかったからだ。逆に、大人になってからはどっぶりそれに浸かりきった。おかげで、今では素早い読みの方が優位になりつつあるが、それでも回路として深い読みを支える機能は脳には備わっているだろうし、意識的に行えばそれを再活性させることも可能だろう。

では、ことの始まりからデジタル一色であればどうか。そのとき、彼ら彼女らは「深い読み」の能力を獲得できるだろうか。注意力を奪い合うのが当たり前のような環境の中で、ひとつの世界を自分の中に作り上げ、そこでさまざまな人物を舞台にあげて、どっぷりとそこに浸り切るような力を得られるだろうか。

そうなのだ。ここで問題にされているのは、「紙の本を電子書籍で読む」といった単純な話ではない。ハイパーリンクが前提のコンテンツ、合間合間に入ってくるCM、そして斜め読みに最適化された味わい深さを削ぎ落とされた文章。そういったものに囲まれて育ったとき、人はどのようなリテラシーを獲得するのか、である。

もちろん、「深い読み」の能力など必要ない、情報を素早く処理できればそれでいいじゃないか、という意見はあるだろう。しかし、著者の考えは違う。「深い読み」の能力は、当人の背景知識を増やし、他者に対する共感を下支えする。それは、社会活動を継続していく上で、必要不可欠なものだろう。人間など滅びて良い、世界はAIが支配するのだ、という価値観でない限り、人が他者を想う気持ちの必要性は否定しようがない。

もちろん、著者はデジタル環境を排除しようという「危険思想」の持ち主ではない。ようは、両方の能力を適切に獲得できるように──つまりバイリテラシーを獲得できるように──環境をデザインしていくべきだ、と提案しているのだ。本書後半は、そのための方向性がいくつも模索されている。

実際のところ、私も昔ほどの集中力がなくなっているのを感じる。その一因は間違いなく老いではあるが、それ以上にSNSに浸かりすぎている自覚がある。注意力がどんどん断片的になり、反応的になっていく。しまいに、じっくり情報を吟味することを忘れ、感情的に反応しやすいツイートをRTしまくる老人になるかもしれない。それはちょっとぞっとする話である。

もう一度いうが、本書は「紙の本か電子書籍か」という狭い対立を扱う本ではない。デジタルを取り巻く全般的な環境が私たちの「読字能力」に与える影響を吟味した上で、それとうまく付き合っていくための道のりを探すための本である。

▼目次データ:

第一の手紙・・・デジタル文化は「読む脳」をどう変える?
第二の手紙・・・文字を読む脳の驚くべき光景
第三の手紙・・・「深い読み」は、絶滅寸前?
第四の手紙・・・これまでの読み手はどうなるか
第五の手紙・・・デジタル時代の子育て
第六の手紙・・・紙とデジタルをどう両立させるか
第七の手紙・・・読み方を教える
第八の手紙・・・バイリテラシーの脳を育てる
第九の手紙・・・読み手よ、わが家に帰りましょう

デジタルで読む脳 X 紙の本で読む脳 :「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる
メアリアン・ウルフ 翻訳:大田直子 [インターシフト 2020]

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