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『わたしが知らないスゴ本は、 きっとあなたが読んでいる』(Dain)

タイトルは著者のブログ(*)と同名になっている。有名な書評サイトなので、読書好きの方なら目にしたことも多いだろう。ちなみに、スゴ本とはすごい本の略称である。

自分を変える凄い本は、たしかにある。読前と読後で、自分が一変してしまうような衝撃や視座をもたらすやつ。

さて、そんなスゴ本を求める人は誰だろうか。その問いは、本書の対象読者は誰なのか、という問いに言い換えられる。答えは、ある程度読書に親しみがある人だ。

まず、読書をあまりしたことがない人は、読書によって自分が変わってしまった経験を経ていない可能性が高い。経験したことがないことは想像しにくく、想像しにくいことは欲求されにくい。

逆に言えば、一度スゴ本を経験すれば、次のスゴ本、さらに次のスゴ本と求めたくなる。しかし、その最初のスゴ本と出会うのも簡単ではない。世の中にはスゴ本がいくつもあるが、それ以上にたくさんのスゴ本ではない本があるからだ。読書数がきわめて少ないとき、スゴ本に出会えている可能性も低い。

結局、ある程度読書に親しみ、多少のスゴ本とそれ以上のスゴくない本をくぐり抜けた人こそが、さらなるスゴ本を求める。そういう人に本書は役立つだろう。

その点は、本の探し方からも補強される。本書では、本を探すときに、直接本を探すのではなく本を紹介する人を探せと説く。なるほど、もっとな話である。読書好きの人ならだれしも、信用している書店の棚作り、書評家、SNSでつながる読書人などがいるだろう。そうした人をキュレーター(ないしはフィルター)として使うことで、自分好みの本を見つけやすくなる。

が、そのためには、そうした人たちをまず評価しなければならない。どうやって? 自分の好きな本を好きかどうか、である。つまり、そうした評価を行うためには、好きな作家や作品がある程度充実していなければならない。これから読書を始めようとする人は、このあたりのアンテナが弱いことを考えれば、この判別システムは少なくとも読書初心者をくぐり抜けた人向けだと言える。

言い換えれば、本書はすでに沼にはまりかかっている人が、さらに沼にはまるための(むしろ意欲的にその奥に潜っていくための)本だということになる。

章立ては以下の通りだ。

1章 本を探すな、人を探せ
2章 運命の一冊は、図書館にある
3章 スゴ本を読むために
4章 書き方から学ぶ
5章 よい本は、人生をよくする

読書に関する本としては珍しく、図書館の積極的な利用が推奨されている。むしろ先ほどの話を引き継げば、図書館は一般的に読書好きの人のための施設だと思われているが、むしろ自分がどんな本か好きかわからないので、とりあえず手に取って読む(つまりコストをかけずに読書にチャレンジできる)ための施設だと捉えることができるだろう。

つまり、まず図書館に行き、気になった本をいくつも借りてきて、合わない本はさっさとスルーして、面白い本があればその「周辺」(同じ著者、同じジャンル)の本を読み進めていく。そのようにして自分の好みが確立されたら、その好みを頼りにして今度は人を探す。そういう流れがよいだろう。

ちなみに、読書に関する本で図書館があまり出てこないのは、基本的に「所有することが重要」というほとんどイデオロギーに近い価値観があり、それは本を書いている人が、本を書いている仕事をしているからである。執筆者にとって、本は仕事道具(あるいは素材)なので、可能な限り手元においておくことは必須だと言える。

しかし逆に言えば、そういう仕事をしていなければ別段無理して買う必要はない。図書館で借りても、読書は読書である。そこには貴賎はないし、むしろ本書が言うように書店では見かけない本を手に取れる可能性も広がる。積極的に利用していくのがよいだろう。

というわけで、本書には読書にまつわるさまざまな話が、本の紹介と共に語られている。中には読書の話を飛び越えて、人生にまで言及する章もあるが、私たちが読書するためには「生きる」ことが必要なことを考えれば、これは当然でもあろう。

* * *

本は、他のさまざまな本とネットワークを作っている。そして、人もまた、本というメディアを介してさまざまなネットワークを持つ。本書のタイトルが言うように、私にとって未知のスゴ本は、あなたにとっての既知のスゴ本かもしれない。

だからこそ、私はこうして本を紹介する記事を淡々と書き続けているのである。


Dain [技術評論社 2020]

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