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『マシュマロ・テスト 成功する子・しない子』(ウォルター・ミシェル)

簡単なテストなのだ。いっそかわいらしくもある。

部屋に子どもを招き入れる。机の上には美味しそうなマシュマロが置いてある。もちろん招かれた子どもは、興味津々にそのマシュマロを見つめている。しかし、その子どもは苦渋の決断をしなければならない。食べたくなったそのときに一個のマシュマロを食べるか、それとも実験者が戻ってくるのを待って二個のマシュマロを食べるか。

その子どもが、ダイエットに苦心しているのでない限り、望むのは最大の効用を得ること──二個のマシュマロを頬張ること──だろう。しかし、そのためには美味しそうなマシュマロを前にして、我慢する必要がある。言い換えれば、自制が必要だ。このテストが測定するのも、その力である。つまり、いかに自己を管理セルフマネジメントするのか。

ただ、それだけのテストであれば、「子どもによって、違いがあるね」という話で終わっていただろう。鋭い視線を送る人ならば、子どもたちが採った「欲求を先送りする」ための戦略に着目したかもしれないが、それだってよくある話である。本テストの、そしてその実験者でもあり本書の著者でもあるウォルター・ミシェルの面白いところは、追跡調査をしたことだ。マシュマロテストで成績が優秀だった子どもは、その後どうなった?

四歳か五歳のときに待てる秒数が多いほど、大学進学適性試験の点数が良く、青年期の社会的・認知的機能の評価が高かった。就学前にマシュマロ・テストで長く待てた人は、二七歳から三二歳にかけて、肥満指数が低く、自尊心が強く、目標を効果的に追求し、欲求不満はストレスにうまく対処できた。

つまり、マシュマロを我慢できる力は、マシュマロを我慢するときにだけ効果を発揮するのではない。その他、さまざまな局面においてその力は発揮される。たとえば、試験の直前に友人のパーティーに誘われた。さて、どうする? 行きたい気持ちもあるし、勉強した方が良いと思う気持ちもある。どちらかに折り合いを付けなければいけない。しかし、パーティーはまた開催されるかもしれないが、試験はその試験一回きりである。試験の後に勉強しても──本人の教養を向上させることを除けば──たいした意味はない。だから、答えは分かりきっている。でも、その通りに行動できるとは限らないのが人間なのだ。

ただし、ここで言及されているのは、忍耐力についてではない。責め苦に耐える力というのではなく、自分の中にある二つの相反する欲求に折り合いをつける力だ。そのどちらも「自分」が望んでいる二つの行動のうち、衝動的な選択で選ばれがちな方を避け、逆を選ぶ力。それがマシュマロ・テストが測定する力である。ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』の考え方を拝借すれば、「ファスト」な思考を押さえ込んで、「スロー」な思考を発揮させる力。それがセルフコントロールの鍵を握っている。

本書はマシュマロ・テストの簡単な歴史を振り返る本でもあり、そのテストが明らかにすることを解説する本でもある。人間の不合理性(行動経済学)を改めて確認し、どうすればそれを(ある程度までは)乗り越えられるのかのノウハウを学べる本でもある。

マシュマロ・テスト 成功する子、しない子 (早川書房)
ウォルター・ミシェル 翻訳:柴田裕之 [早川書房 2015]

マシュマロ・テスト――成功する子・しない子 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
ウォルター・ミシェル 翻訳:柴田裕之 [早川書房 2017]

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