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『なめらかな世界と、その敵』(伴名練)

SF作家、伴名練の傑作集。どれもとびきり面白い。

作品リストは以下。

なめらかな世界と、その敵
ゼロ年代の臨界点
見亜羽へ贈る拳銃
ホーリーアイアンメイデン
シンギュラリティ・ソヴィエト
ひかりより速く、ゆるやかに

個人的にグイグイきたのが、まず表題作である「なめらかな世界と、その敵」。鈴木健の『なめらかな社会とその敵』、あるいはカール・ポパーの『開かれた社会とその敵』を彷彿とさせるそのタイトルは、その実、並行世界をなめらかに行き来する女子高生たちの、しかし一度きりの青春を描いた作品だ。

この作品では、拡散していく自分=コミットメントが、空虚さをにおわせるものとして描かれている。Nowhere Man. 分人化された自分は、いったい何をよりどころにして生きていけばいいのか。もし、よりどころが必要ないというならば、自分だって必要なくなってしまうだろう。私たちには、地に足をつけられる(=重力に引かれている)場所が必要なのである。少なくとも、ある種のものを求めるのならば。

「見亜羽へ贈る拳銃」は、SF的な思考実験としても面白いし、伊藤計劃の『ハーモニー』の魂を引き継いだ作品とも言える。インプラントによって保証された「永遠の愛」。吐き気がするようでいて、しかし、まなざしを背けることは決してできない。私たちの世界がその「愛」で満たされるならば、調和の竪琴がこの世界を覆い尽くすのとまったく変わりない状況がやって来るだろう。真なる最大多数の最大幸福。それはそれで一つの選択かもしれない。愛の価値がその意志性にある点を除くならば。

ラストを飾る「ひかりより速く、ゆるやかに」は書き下ろし作品でもあり、中編ほどのボリュームがある。同じ世界に位置しながら、時間の流れが極めて異なる新幹線とその乗客を巡るストーリーは、展開と多重な構造によってエンターテイメントしても読みごたえがあり、また、私たちと「出来事」の関係性についても思考を迫るものでもある。

ともあれ、どの作品もそれぞれに異なった個性と魅力を持つSF作品である。言い換えれば、本作に収録されたそれぞれの作品は自身で魅力的でありながら、SFというジャンルの魅力をも伝えていると言えるだろう。


伴名練 [早川書房 2019]

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