『アウトライナー実践入門』は「アウトライナー」の使い方を解説した本であり、「書く」と「考える」を剥離することなく、その方法論を提示した本でもある。
本書は三つの意味で希望の本である。
- 第一に、本書は「無名の有名人」が書いた。
- 第二に、本書はKDP本からの商業出版である。
- 第三に、本書には類書はなかった。
著者は、特別な著名人ではない。知識人・文化人として注目を集めているわけでもないし、高名な学者でもない。ごく一般の人だ。でも、「普通の人」ではないかもしれない。日本語でアウトライナーについて情報を探している人ならば、一度や二度は目にしたことがあるサイトの管理人なのだ。ここまで「入れ込んでいる」人を、私は他には知らない。つまり、その界隈での有名人である。
これは、2011年に私が『Facebook×Twitterで実践するセルフブランディング』で論じた「無名の有名人」と言ってよいだろう。5年経って、ようやくその概念に「実際例」が生まれつつあるのは嬉しいことだ。ともかく、本書の著者は「無名の有名人」である。
また本書は、著者がKDPで発売していた本の増補改訂版である。つまり、「無名の有名人」が、セルフパブリッシングした本がベースになっている。その本が一定の知名度を獲得した__はっきり言えばたくさん売れた__から、本書が商業出版に至ったことは疑いようがない。これは、「無名の有名人」がネットに閉じていないことを示している。
それと関係しているが、本書には類書がない。現代の実用書の制作論理においては極めて珍しいことだ(※)。
※波野發作氏の「我輩は本である 〜白紙が紙くずになるまで〜」が面白くそれを紹介している。
著名に「アウトライン」を含む本はいくつかあるが、「アウトライナー」という一般概念を扱った本はどこにもない。ちなみに書いておくと、「アウトライナー」はジャンル・カテゴリの名前なので、身近な例で置き換えれば「ワープロ実践入門」と同じニュアンスである。もちろん、そんなタイトルの本を出すのも難しいし、類書がないとなればなおさらである。
でも、実際に本書はちゃんと出版されている。類書がない実用書でも出版され、実際Kindleでも高いランキングに位置しているのだ。これは素晴らしいことだし、そこに希望も感じる。
ちなみに、言うまでもなく本書はまっとうな「知的生産の技術」系の本である。向き・不向きはあるにせよ、きちんと「読める」内容になっている。でも、だからといってKDP本の実績がなければ本書の企画案はきっと通らなかっただろう。ここが鍵なのだ。
逆に辿ってみよう。
類書がない本の商業出版←KDPによるマーケティング判断を経ない自己出版本の出版←継続的なウェブ・ブログの運営による「無名の有名人」
一つひとつの石が積み重なって、この状態になっている。簡単な旅ではなかっただろう。初めからその結果を予測していたわけでもないだろう。でも、積み上げたものがあったからこそ、なことは間違いないはずだ。
『インディーズ作家の生きる道』に収録されている「星空とカレイドスコープ ~セルフパブリッシング作家の多様な存在可能性~」で書いたように、「革命は常に辺境から始まる」のだ。
でも、それはコツコツと石を積み上げるようなものになる。そして、いつしか風景が変わり始めるのだ。