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『翻訳者の全技術』(山形浩生)

(本書は出版社からご恵投いただいた)

インターネット老人会の面々なら”山形浩生”の名前を一度は見たことがあるだろう。あるいは『21世紀の資本』の翻訳者として知っているかもしれない。私は ブッシュ『as we may think』The Cathedral and the Bazaar: Japaneseでお世話になったのだが、実際に何をしている人なのかはほとんど知らなかった。兼業で翻訳を行っているのも本書ではじめて知ったくらいである(他人に興味がないのである)。

本書はその山形へのインタビューが書き起こされているのだが、ズバッと言っちゃうあの感じはそのままだ。その辺は好き嫌いがはっきり出てくるだろう。

で、タイトルなのだけども素直に読むと翻訳のための技術が列挙されているように思われる。つまり翻訳者(のため)の全技術、と。しかし本書はこのように補足するとよいだろう。(とある)翻訳者の(知的生産の)全技術、と。

もちろん翻訳に関する技術的な話も出てくるのだが、それ以上に山形がどういう背景で、何を考えながら翻訳という作業に関わってきたのかというヒストリーが主軸である。でもって、それがめっぽう面白い。その辺の生成AIが生成するだろうお行儀の良い知的生産の技術とはぜんぜん違った迫力がある。それにリアルだ。

翻訳の話から、読書の話、現場経験の重要性や、勉強の話など隅々にまで話は拡がっていく。いわば、その人の知の営みを支えるフィールドが探索される。一昔前の知的生産の技術を語った本は、だいたい似た感じだった。その人の人生と共に技術が語られていたのだ。そうした本を読むのと同じような「読み味」が本書にはある。

具体的な知の実践については同意しにくい部分もあるが──たとえば積読──、一点ものすごく「そうだ」と思ったのが、アマチュア/ジェネラリストについての考え方だ。私自身は何の専門領域も持たないので、そもそもスペシャリストになることができないわけだが、それでもいろいろな領域を浅く広く辿っていくことで得られる何かがあるというのは非常によくわかる(単に自分をなぐさめたいだけかもしれない)。

あと、気が向くままにちょっとずつ進めていくと、いつの間にか結構な分量ができているのであとはエイヤと進めるだけ、という話も非常によくわかる。物事を計画通り、期限通りに進めなければならないシチュエーションでは使えないが、アマチュア仕事ではたいへん役立つアプローチであろう。

それ以外にもいろいろ面白い話がある。知的生産の技術系の書籍がお好きなら、本書も楽しめるはずだ。

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