2017年に出版された『ライフハック大全―――人生と仕事を変える小さな習慣250』は、さまざまなライフハックが網羅された一冊だったわけだが、本書はそれが新書化されたものである。
とは言え、単に判型が変わっただけではない。というか、二つの本を読み比べるとすぐにわかるが、これはもうまったく別の本である。少なくとも!”まったく別の本”を読んでいる読書体験がそこにはある。「ゴジラ」と「シン・ゴジラ」くらいには違いがあるだろう。
底本とも言える『ライフハック大全』では、副題の通り250個のライフハックがカテゴライズされて並べられていた。網羅的であり、カタログ的に読んでいくには適切なスタイルだ。
一方で、そうしたものを一通り読み終えても、「じゃあ、ライフハックって何だろうか?」という問いには答えが出ない。その言葉に定義を与えることはできるものの、そこにある精神性──強いて言えばライフハッカーシップと呼べるようなもの──が何なのかは浮かび上がってこないのだ。
本書は、その問いに真っ向から立ち向かう。「ライフハック」という言葉の源流に立ち返り、そこから現代に続く流れをたどっていくのだ。この手つきは他のライフハック本にはまったくない特性であり、まさに著者にしか書けない内容でもあろう。
もちろん、論考がメインというわけではなく、基本的にはライフハックを紹介してくれている。以前と比べてその数は、250個から半数ほどに絞り込まれているものの、読みごたえはむしろ増大していると言ってよい。それは、著者ならではの語りが本書では存分に開示されているからであろう。そのような語りの増強は、個人的には「いいぞ、もっとやれ!」とエールを送りたい。なにしろ、そうした”盤外の語り”こそがノウハウ運用においては必須だと思えるからだ。
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ライフハックは、一面では「小手先のテクニック」である。すぐさま採用に至れないような重厚で濃厚で壮大な技術は、ライフハックと呼ぶにはふさわしくない。一方で、ライフハックはたしかな効果を持つ。そのアンバランスな二つをつなぐのが、著者が言う「小さな習慣」だ。
仕事の現場でシングルタスクを心がける、タスクリストを使いこなすといった行動は、小さな効果を生み出す、小さな行動でしかありません。しかしそれを繰り返し一貫性のある形で適用することで、ゆるやかに人生を変えてゆくことができるなら、その小さな行動は実はもっとも大きな行動と等しくなります。
著者のライフハック観が強く感じられる一文である。そして、この精神性こそが、ライフハックを機能させるために最低限必要なことでもある。
具体的なレベルの個々のテクニックは瑣末な話でしかない。環境が違えば使えないものもあるだろうし、自分が興味を持てない分野なら鼻で笑う話もあるだろう。しかし、重要なのはそこに向けられるまなざしなのだ。どのように「問題」を捉え、それをどのような手つきで「解決」していくのか。その原則さえ備えておけば、目の前に合われる問題はそうした原則を適用して解く実践問題へと姿を変える。
そして、”盤外の語り”こそがそこにあるまなざしを伝えてくれるのである。
原則:ライフハックのやり方は一つではなく、目的と状況に合わせて自分の裁量で柔軟に変化させてよい。逆に、特定のライフハックに固執して目的を見失わないように注意する
多様性の尊重が重視される社会にあって、私たちのライフ(人生/日々)は均一ではなくなりつつある。当然それに対処する術もまた多様性を必要とするだろう。あまりに具体的な方法は、応用できる範囲が限られてしまう。だからこそ、原則(プリンシプルズ)を押さえるわけだ。
その意味で、本書は正しく2020年代の「ライフハック大全」だと言えるだろう。しかし、これが終点なのではない。ここからそれぞれの人が「自分のライフ/ハック」を駆動させていくという意味においてスタート地点なのである。