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パターン、Wiki、XP(江渡浩一郎)

コンピュータ系の本ですが、それに留まらない面白さがあります。副題は「時を超えた創造の原則」。いかにもそそられる響きではありませんか。

タイトルが示すとおり、本書では三つの要素がテーマとなっています。

  • プログラミングの定石を集めた「デザインパターン」
  • アジャイルな設計手法である「XP」(エクストリームプログラミング)
  • そしてご存じ知のコラボレーションシステム「WIki」

これらの共通的な起源が、建築家クリストファー・アレグザンダーにあった、というお話を歴史を紐解きながら紹介していく一冊です。

クリストファー・アレグザンダーは、パターン・ランゲージの提案者として有名なのですが、その概念は彼が持つ「建設」の理念に裏打ちされています。

1965年にアレグザンダーは「都市はツリーではない」という論文を発表しました。もちろんこれは「都市は木造建築ではない」という意味ではなく、ツリー状の構造でできているわけではない、という意味です。

ツリー状の構造とは、トップレベルの要素を細分化していくことで生み出されるものです。トップダウン式アプローチと呼べばよいでしょうか。

まず都市○○があり、そこに「居住区」「工場区」「サポート区」といった下位構造を設定し、さらにその下に下位構造を設けることを繰り返し、その町の構成要素を明らかにした上で町作りを行っていく。そんな手法で生み出されたものがツリー構造を持つ都市です。

彼はそうした都市を「人工都市」とよび、そこにはよそよそしさが漂っていることを指摘しました。「人工都市」に対峙されるのは、自然に生まれた「自然都市」です。

なぜ、「自然都市」は自然で、「人工都市」はよそよそしいのでしょうか。

彼は交差点を例に挙げました。交差点は信号を待つ場所であり、新聞スタンドに差してある朝刊の見出しをチェックして今日のトップニュースを知る場所であり、またそうした新聞を買うための場所でもあります。つまり、一つの場所は複数の役割を有しています。

しかしながら、トップダウン式に定義された場所は、言い換えればツリー構造のもとに配置された場所は単一の役割しか持ち得ません。だから、実際にそうした場所がうまれてみると、何か足りないようなよそよそしい印象を受けるのでしょう。

逆に考えてみましょう。

なぜ交差点に新聞スタンドがあるのかといえば__日本にはあまりありませんが__そこでぼーっと時間を潰す人がいるからです。そういう人が持つ欲求(それが意識的であれ、無意識的であれ)に沿う形で、「そうだ、ここに新聞スタンドを作れば儲かるに違いない」と思い、新聞スタンドが作られます。

だから、私たちは交差点にしっくりくるわけです。言い換えれば、そこにあって欲しいと、あったらいいなと、願うものが実際に生まれるわけですから、しっくりこないはずがありません。こうしたものは、極言すればボトムアップなアプローチと言えるのかもしれません。

ちなみに彼は、「ツリー構造」に対になる概念として「セミラティス構造」を提案しました。これは数学の集合論に出てくる用語らしいのですが、私には詳しいことはわかりませんので、気になる方は自分で調べてみてください。

私は本書を読んで、この「セミラティス構造」に強い興味を覚えました。

知的生産における「素材」を制御するのは、ツリー構造ではなくセミラティス構造の方が適しているはずです。ある素材が、一つのテーマにしか使えない、なんてことはあるはずがありません。ツリー構造では、素材の使用に不自由さが生じてしまう可能性があります。

そこで登場するのがwikiシステムなのですが、その話は今回は割愛して、別のところに注目します。

アレグザンダーは、なぜ人工都市がツリー構造になってしまうのかという疑問に、一つの仮説を立てました。本書から引用してみます。

 アレグザンダーは、人工都市がツリー構造になってしまう原因は、人間の認識能力の限界にあるとしました。人工都市は少数の建築家が全体を設計するため、複雑に絡み合った条件を必然的に少数の要素の還元して考えます。つまり、要素間の関係性は半ば必然的にツリー構造に還元されてしまいます。

私はこの部分を読んで、本の執筆とまったく同じじゃないか、と思いました。たとえば目次案を立てるとき、テーマをおおよそ6つぐらいの章に分割し、それぞれの章にしかるべきテーマを割り当てていきます。「細かい話」はその段階ではあまり考えません。というか考えられません。少数の要素に還元しないと、ラフな目次案は立ち上がらないのです。

しかし、実際に文章を書きだしてみると、やっかないことがいろいろわかってきます。それぞれの要素は、複数のサブテーマに所属しており、そこに置くこともできれば、別のところにおくこともできるのです。その別のところにおくものを集めれば、新しい一つの章を立ち上げることすらできます。

だから多くの書き手は書きながら、あるいは一通り書き上げたあとに構成を直すのです。なるべく「よそよそしくない」形に収まるように、文章に手を加えていくのです。

文章の場合であれば、書き上げた後に再構築するのは難しくありません。手間ではありますが、コスト的な負担は小さいものです。しかし、建築となるとそうはいきません。

そこで彼は、少数の建築家に、その建物(あるいは都市)を利用する人が、自分たちの要望を伝えられるように、言語を作り上げました。それがパターン・ランゲージです。「パターン」の名が示すとおり、建物や都市に潜む「パターン」を定義付けたものとなっています。もちろん、建築家:利用者だけでなく、建築家:建築家の対話にも使えますし、これから建築を学ぶ人にも有用な存在となるでしょう。

しかしながら、なんともGreatな思想ではありませんか。利用者が参加し、有機的に秩序を組み上げていく。そんな設計を是とする思想が持つ懐の大きさには、驚嘆を感じないではいられません。

この思想は現代にまで受け継がれ、さまざまなもの__特にコンピュータ系__の土台となっています。また、慶應義塾大学総合政策学部准教授である井庭崇さんによる「ラーニング・パターン」「プレゼンテーション・パターン」「コラボレーション・パターン」といった展開もあります。
井庭崇研究会 | Creative Media Lab

私もそれに習って「発想・パターン」というのを考えているのですが、まだまだまとまっていない段階です。

というわけで、ほとんどクリストファー・アレグザンダーの話に始終しましたが、コンピュータ・システムの半世紀ほどの歴史としても面白く読める一冊です。個人的にEvernoteはwiki的というかHyperCard的な発展をすると、もっと面白くなるに違いないと踏んでいます。その辺りはこれからに期待しましょう。

パターン、Wiki、XP ~時を超えた創造の原則 (WEB+DB PRESS plusシリーズ)
江渡 浩一郎[技術評論社 2009]

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