作家:森 博嗣という存在に興味を持ち始めていたので、よく読んでいる方に「何か面白いのないですか?」と尋ねたところ、本書の名前が挙がりました。「どういう作品?」と聞くと「いや、よくわかんないです」との答え。なんじゃそりゃ。
なにやら前衛的小説な雰囲気が漂うタイトルではありますが、とりあえず小説は読んでみるしかありません。基本的にあらすじは小説体験において役に立ちませんし、前衛的小説ならなおさらでしょう。
で、一読した感想ですが、「いや、よくわかんないです」は実にまっとうな意見でした。
もし「小説」の定義をどこまでも広げてよいのならば、これはたしかに前衛的小説です。一つのChapterには、奇抜なミステリ(あるいはSF)、ショート・ショート、くだらないダジャレ、エッセイが、ほとんど脈絡無く並んでいます。
そのうちの小説パートは、どれも既存の小説という枠組み、あるいはミステリというお約束に、助走つきのドロップキックを放つもので、人によっては不快感を通り越して、拒絶感を抱くかもしれません。
※オドネル・ケビンの『マヨネーズ』に似た感覚を覚えた人も多いでしょう。
よって、「こんなものは小説とは言えん。グズ肉の寄せ集めだ」みたいな批判も成立するでしょう。幸いタイトルで「これは普通の小説ではありませんよ」と明示されているので、そういう怒り方をする人は少ないでしょうが、人に勧める場合には注意は必要です。
本書を読んでいると、何ページかに一回、「これは何なんだ?」という疑問が湧いてきます。そして、修辞的な意味合いが漂白された「これは何なんだ?」という問いは、根源に至るための導火線です。実験とは常にそのようなものでしょう。
参考までに、冒頭の3行を引用しておきましょう。
不思議な死体? いったいどのような死体なのですか?
「探偵は尋ねた。あまりにも、警部の表情が面白かったからだ」
躰のいろいろな部分が、なかったのです。
私がタイプミスしているわけではありません。これが本文そのままです。この冒頭で興味を覚える人ならば、本書全体はきっと楽しめるでしょう。「頭がおかしいんじゃないのか」と思われた方は、別の本を読みましょう。
それにしてもこの作品は、「真面目に」小説を書いている作家なら絶対に出てこないし、真剣に小説と向き合っている作家ならもしかしたらごく稀に出てくるかもしれない、ぐらいの奇跡的なバランスの上に成立しています。それに同じ作者であっても、違う作者であっても、同じようなことは二度とできません。非常にアクロバティックな作品です。