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『FinTechが変える!』(小林啓倫)

FinTeckなるものが、いかなる変革をもたらしうるのかを解説した本。

まずFinTeck(フィンテック)ってなんぞや? という率直な疑問が頭に浮かぶわけだが、どうやらこれは「Financial Technology」を縮めたものらしい。つまり金融に関するテクノロジーだ。

しかしそれがわかっても、その実体は見えてこない。ひねくれて見れば、ブラック–ショールズ方程式とそこから導かれるデリバティブだって一種のテクノロジーだと主張できるだろう。が、ここで言及されているテクノロジーはもっと純粋にメカメカしいものである。

広義ではATMですら金融に関するテクノロジーではあるが、

フィンテックは特に、インターネットやスマートフォン、ビッグデータなど最近のICT(Information and Communication Technology)技術を駆使して、従来の概念を超えた新しい金融サービスを生み出すという意味で使われることが多い。

らしい。なるほど。少し全体像が見えてきた。

冒頭たるChapter01では、ケニアで大流行しているエムペサというフィンテック・サービスが紹介されている。エムペサは携帯電話のショートメッセージを利用した、個人送金システムだ。その仕組みは本書でしっかり解説されているのだが、私が最初に思ったのは「地下銀行だよね、これ」だ。もちろん、エムペサはちゃんと表に出ているサービスなのだが、仕組み自体は似たもので、それをICTを使って効率的かつ安全に実現しているというのが特徴だろう。
※地下銀行について明るくない方は『トクシュー!』というライトノベルをご覧になるといいだろう。

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<a href=吉野茉莉 [KADOKAWA / メディアファクトリー 2016]

その仕組みも面白いのだが、こうした送金サービスが元々あった銀行よりもずっと密着して人々の生活に入り込んでいる点は実に興味深い。

第一に、銀行密度の問題があるだろう。私たちはそこら中にATMを見ているし、今ならコンビニにはほぼ必ずATMがある。そして、それらはきちんと銀行ネットワークでつながっているから、(手数料さえ気にしなければ)だいたいどこでもお金を引き下ろせる。しかし、発展国ではそれは望めない。その代わり、携帯電話の利用者は広がっているので、それをキーにすれば新しい送金システムが実現できる上に、利用者の生活に寄り添うものとなるわけだ。この点は大きい。

第二に、なんだかんだって、銀行業務をしばる法律がさほど厳しくなかった、という点はあるだろう。まったくないことは考えられないが、日本のようなややこしい状況にはなっていないはずだ。その点で、新興企業が入り込める余地が大きかったことはあるだろう。

第三に、解説を読む限りにおいて、エムペサの利用者は特に難しいことをする必要がない。最初の口座開設も含めて、「誰でもできる」形になっている。日本はときどき、設定から利用に至るまでほとんど拷問のようなサービスがあって、最終的に生活に密着しないものができあがってしまうわけだが、そういう匂いはまるで感じられない。

利用者が広がるのは納得できる。あとは、ネットワークの外部性が拡大を促進していくだろう。

しかしながら「誰でもできる」サービスであれば、悪用されないのかという心配もあるわけだが、一回の利用の上限もあるので、これでお金を洗うのはかなり手間がかかるだろうし、すべての履歴が電子的に記録されるので悪いことをするには向いていないサービスだとも言える。むしろ、その辺は現金の方が厄介なのだ。


本書ではその他、多数のフィンテック企業とその展開が紹介されていて、「ふむふむ」と面白く読める。フィンテックの定義はまだまだ曖昧で、業界自体が試行錯誤の最中といったところだろう。ビッグデータ、ディープラーニング、ボッド、IoTなどの発展と共に、さならるオルタナティブが生まれてくる可能性すらある。おそらく、そのどれもが現状の金融サービスが対応できていなかったニーズを満たすものになるだろう。利用者にとっては嬉しいかぎりだ。

ラフに未来図に線を引いておけば、総合的なサービスを展開する巨大な企業が一握りと、その間を埋めるニッチな企業があまた、という形に落ち着くだろう。とはいえ、こういう予想は(誰がやっても)まず当たらないので、あまり過信しない方がよさそうだ。

日本に関して言えば、個人送金のサービスはあまり広がらないような気はするが、マネーフォワードに代表されるようなFP的な機能を持つサービスが、他のサービスをさまざまにまきこんで意外な存在感を示すことはありそうだ。

本書では特に言及はないが、個人的にこうしたフィンテック企業の存在が増してくることで、二点気になることがある。一つは、「現金が消失した世界」での倫理観で、もう一つは、政府の金融政策である。

ダン・アリエリー教授が現金が私たちの行動に倫理観を添える実験を示しているのだが、もし現金がまったくなくなったら、私たちはどのように振る舞うのだろうか。後者は、通貨が政府の管理下にないとき、金融政策はどのくらい効果を持つのか、である。そういう妄想は、『アンダーグラウンド・マーケット』を読んで育ておくのも良いかもしれない。

ずる――噓とごまかしの行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
ダン・アリエリー [早川書房 2014]

アンダーグラウンド・マーケット (朝日新聞出版)
藤井太洋 [朝日新聞出版 2015]

▼目次情報

  • 第1章 「世界を変えたモバイルマネー」
  • 第2章 「なぜいまフィンテックなのか」
  • 第3章 「銀行より優れたお金の借り方」
  • 第4章 「お金に困ったら銀行以外へ」
  • 第5章 「保険も進化する」
  • 第6章 「サイフが歴史の遺物になる日」
  • 第7章 「お金そのものが進化する」
  • 第8章 「フィンテックが変える世界」

FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス
小林啓倫 [朝日新聞出版 2016]

IoTビジネスモデル革命
小林啓倫 [朝日新聞出版 2015]

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