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『エクセル方眼紙で文書を作るのはやめなさい』

命令形のビジネス書タイトルは鼻につくものが多いのだが、本書にはまったくそんな感触を覚えない。むしろ、「いいぞ、もっとやれ」な気分である。

もちろん、Excel方眼紙──すべてのセルを正方形に設定し、セルの結合によってデザインを進める力技──からの脱却が主張されているのであって、Excelを使わずに紙の方眼紙に戻りましょうとラッダイト的に述べている本ではない。むしろその逆で、Excelをデジタルのデータベースツールとして本領発揮させてあげようではないか、とごくまっとうな主張がなされている。

その意味で、昨今話題のDX(デジタルトランスフォーメーション)の基本のきとも呼べる一冊であろう。カエサルのものはカエサルに。Excelのやるべき仕事はExcelに、である。

ではなぜExcel方眼紙はやめる必要があるのだろうか。というか、そもそもなぜデータベースツールであるExcelでドキュメント作成が行われてしまっているのかを問うほうが先だろう。答えは簡単で、それが直感的に行えるデザインの手法だからである。つまり、紙を使うのと同じ「手つき」でデジタルのドキュメントがデザインできる。だから、Excel方眼紙は重宝される。

極端なことを言えば、デジタル情報を扱うための考え方を履修することなく、与えられたデジタルツールをアナログのマインドセットで使おうとするとき、Excel方眼紙という「解決策」が生まれてしまう。そんな風に言えるだろう。

そのようないびつなツールの使い方も、そのファイルの利用形態が「紙に印刷して使う」であるならば、ギリギリ許容はされた。なぜなら最終利用者には、セルが結合されているとか、スペースで配置がデザインされているといったことはわからないし、関係ないからだ。言い換えれば、最終的な出力がアナログだったからこそ、アナログのマインドセットでも問題は生じなかった。

しかし、デジタル to デジタルの利用形態になると、急激に問題が露呈してくる。そして、その露呈は「最終利用者はよくても、実は作成者以外のすべてが困ってたんですよね」という全体的な問題にも射程を伸ばす。そう。アナログのマインドセットで運用されるデジタルファイルは、それを作成した人以外に致命的に使いづらいという、厄災のような問題を抱えているのである。この点こそが、Excel方眼紙が今すぐ撤廃された方がよい理由である。

情報をデジタル化するとは、アナログでやっていた処理をそのままデジタルツールに持ち込むことではない。そうではなく、デジタルにおける情報処理に合わせて、情報の形態そのものを変更することなのだ。

といっても大げさな話ではない。Wordを使うときに、見出し部分を見出し設定しておけば、スタイルの変更が一括で済むし、目次も自動的に抽出してくれて便利だよね、といった話が「デジタルにおける情報処理」ということだ。言い換えれば、その「デジタルにおける情報処理」を念頭において、情報処理のプロセスを再デザインしていくこと。それが真なるデジタルトランスフォーメーションであろう。

Excelだって、方眼紙として使うのではなく、データベースとして使えば本当に便利なツールなのである。これはもう「車って道路を走らせると本当に便利なツールなのである」くらいにあたり前の話をしているのだが、そのあたり前は、デジタルマインドセットにおけるあたり前であって、そうでない環境ではちっともあたり前ではないのである。だからこそ、本書のような基本的な啓蒙は必要であろう。

なにせ、仕事は「引き継がれる」のだ。今日からスタートしたベンチャーでない限り、ドキュメントの様式は決定されている。右も左もわからない人間は、どうしたって先達のやり方を学ぶしかない。先達のやり方? アナログマインドセットなそれである。

しかもここに、慣性の力が働く。すでにそのフォーマットで物事の進め方が決まっているとき、その変更は外部性を持つ。つまり、他の要素にも影響を与えてしまう。それまで通りのやり方で仕事をしたい人にとっては、煩わしいことこの上ない。

だからこそ、どう考えても大げさに思える「デジタルトランスフォーメーション」などいったムーブメントが必要なのだ。小さな改修の声は、慣性の力に負けてしまう。だからこそ会社が全体として動いていく必要がある。少なくとも、かじ取り役が賛同していなければ、新しいやり方への変更など不可能だろう。その企業が大きく、また古いほどそうした傾向は強く出てくるに違いない。ほとんど祭りとも呼べるムーブメントが要請されるのは、そうした慣性が大きいものを動かすためには必須だからだろう。

ともかく、デジタルファイルを扱うには、デジタルマインドセットが必要である。自分が作成したファイルを、誰がどのように使うのかをイメージし、それに合わせて情報を入力し、データベースを設計する。自分だけが利用するものではなく、「共有財産」としてドキュメントを設計していく。企業体であればごく当然とも呼べる考えが、ようやく注目されてきたのは、たとえそれがどれだけ遅く見えようとも考えすべきことであろう。

とりあえず言えるのは、本書が提示するのは、そう大それた話ではない、ということだ。ドキュメント作成をExcelから(本職の)Wordへとバトンタッチして、Excelはデータベースとして利用する。基本的にはそれだけである。ナイフで切って、フォークで突き刺すくらいに反論の余地のない使い分けだ。なんといっても、Wordにはアウトライン表示があるし、ExcelにはSumifなどを含めた数々の関数があり、一つのデータからさまざまな情報を生み出すことが可能になっている。そうしたツールの力を、ごくあたり前に発揮させるようにしましょう、という話がそう簡単ではないことは、会社勤めをしたことがある人ならば一度ならず経験しているだろう。

その難しさは、「不慣れと知識のなさ」にある。これはもうどうしようもないことなのだが、少なくとも本書は後者に対してサポートしてくれている。それだけでも、つまり「こういうことができて、それはこのように設定すればいい」という情報が提示されているだけでも、ハードルというのはずいぶんと下がるものである。

あとはまあ、実際にやってみるしかない。ただし、デジタル化の価値は、短い期間では見えてこない。データが長い間利用されるようになればなるほど、その価値は高まっていく。だから焦りは禁物であろう。じっくり、ゆっくりと取り組むことをお勧めしたい。

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