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『ウンベルト・エーコの小説講座』(ウンベルト・エーコ)

「若き小説家の告白」というサブタイトルだけあって、エーコが謙虚に自作について語っている(もちろん皮肉である)。

実際のところ、小説をどう書くか、という話は極めて少ない。第一章の「左から右へと書く」がメインで、その他は小説と読者と作者の関係や、人が小説を読むとはどういうことかや、いかに小説作品においてリストというものが使われているのか、といった話である。これらを読んでも、小説技術が劇的に向上することはまあないだろう。というか、何かを読んだだけで小説技術が劇的に向上することが、そもそも無理難題なわけだが。

それでも、エーコが小説に向かうスタンスには、学ぶべきものがある。彼は、ふと浮かんだシーンから物語を始める。しかし、その前に徹底的に世界を構築する。自分でその世界を歩き回れるくらいに(頭の中でだ)、精緻に作り上げる。その構築作業の際、彼は自分の学問の引き出しから、いろいろと素材を持ってくる。その点が、彼の小説が独特の存在感を確立している理由でもあろう。彼の作品をどう評価するかはともかく、同じような作品を書くのは簡単ではないはずだ。

エーコは次のように述べる。

これが決めてとなる最初のイメージでした。あとは少しずつ、イメージに意味を与えようという努力のなかで出来上がっていきました。中世についての約二五年分の情報カードを引っかき回して読んでいるうちに、そのほかの部分は自然に出来上がってきたのです(それらの情報カードは、もともとはまったく異なる目的で作成したものでした)。

ここでも、情報カードは活躍している。Evernoteでも同じことができただろうか。できたかもしれないし、そうではないかもしれない。ともかく、記録は思いがけないところで役に立つ。それはたしかだ。

▼目次データ:

1 左から右へと書く
2 作者、テクスト、解釈者
3 フィクションの登場人物についての考察
4 極私的リスト

ウンベルト・エーコの小説講座: 若き小説家の告白 (単行本)
ウンベルト・エーコ 訳:和田忠彦、小久保真理江 [筑摩書房 2017]

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