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『みみずくは黄昏に飛びたつ』(川上未映子、村上春樹)

創作について、物語について、作家であるということについて。

これまでの春樹さんへの本格的なインタビューで言うと、『考える人 2010年 08月号』があって、これはこれでかなりの掘り下げが行われているのだが、どこか春樹さんに構えているような雰囲気が感じられた。

考える人 2010年 08月号 [雑誌]

というか、ああ、あのインタビューは若干構えていたんだな、ということがこの本を読んでよくわかった。フランクでありながらも、ぐっと切り込むような話が多い。それは、聞き手である川上さんが、インタビューに備えてきっちり準備していたことに加えて、自分よりも若い、しかし作家という土俵にいる存在だからなのであろう。ノックの仕方によって、ドアの開き方というのは違ってくるものだ。

川上さんは、作家ならではの切り込み方をする。村上春樹作品では、女性が象徴的な役割でしか描かれていないのではないか、と。村上作品に対するよくある批判でもあろう。春樹さんはこう答える。

でも、こう言ってしまったらなんだけど、僕は登場人物の誰のことも、そんなに深くは書き込んでいないような気がするんです。

たしかにその通りだ。村上作品は印象深い登場人物が出てくるものの、その自我的な在り方について綿密に描写されることはない。春樹さんはこう続けている。

男性であれ女性であれ、その人物がどのように世界と関わっているかということ、つまりそのインターフェイス(接面)みたいなものが主に問題になってくるのであって、その存在時代の意味とか、重みとか、方向性とか、そういうことはむしろ描きすぎないように意識しています。

だからなのであろう。村上作品の特定のキャラに、自我をそのまま投影するようなことはほとんどない。シンプルな共感は生まれてこない。それでも、そこに何かしらの自分的なものを見出してしまうというのが、村上作品の魅力でもあろう。自我への固執からのデタッチメントなのだが、それはある種のチューニング作業的な意味合いを持つ。そんな気がする。

あと、もう一つ前々から気になっていたことを川上さんが掘り出してくれている。

春樹さんは長編を書くとき、必ず毎日十枚書くようにしているらしい(もちろん原稿用紙換算ということであって、使うのはEGWordというテキストエディタである)。最初は前日書いた十枚分を手直しし、その流れでその日の分の10枚を書いてしまう。一ヶ月で200枚くらいのペースで初稿は進むらしい。これはまあ、わかるのだが、その次が気になっていたのだ。つまり、書き上げた初稿を、手直しするのにどのくらいの時間をかけているのか。

几帳面な春樹さんは作業メモを残しているらしく、データ付きで話が進んでいくのだが、簡単にまとめてみよう。『騎士団長殺し』の進捗だ。

2015年7月末  原稿着手
2016年5月7日 第一稿脱稿
2016年6月末  第二稿脱稿
[しばらく中休みが入る]
2016年7月末  第三稿脱稿
2016年8月15日 第四稿脱稿
2016年9月12日 第五稿脱稿
[ここからはプリントアウトでの修正]
2016年10月5日 プリントへの手入れ一回目終了
2016年11月15日 プリントへの手入れ二回目終了
[ここからゲラへ]

原稿全体に手を入れるのにだいたい一ヶ月強。その手直しを上記の回数繰り返して村上作品は生まれてくるらしい。正直毎日必ず十枚書くのはそれほどすごいとは感じない(私は毎日それ以上の分量の文章を書いている)。が、この書き直しは驚嘆する。そして、おそらくだが、そのような書き直しを見越して、初稿はかなりラフに進んでいくのだろう。

あまり人気のない作家がここまで作り込むのは難しいかもしれないが、それでも、とりあえず書いていってあとからじっくりそれを整えていくやり方は自分の引き出しにも入れておきたいものである。

ともかくまあ、物書きとしていろいろ勉強になった。

みみずくは黄昏に飛びたつ―川上未映子訊く/村上春樹語る―
川上未映子、村上春樹[新潮社 2017]

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