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『ワープロ作文技術』(木村泉)

面白い本なのだが、少し入手しにくいのが難点である。今なら古本でしか手に入らないだろう。

もちろんタイトルの「ワープロ」が問題なのだ。いったい今誰が「ワープロ」について書かれた本を読むのか? そう、僕たちだ。

そもそも本書の主眼は「ワープロ」ではなく、「作文技術」にある。もう少し言えば、デジタルツールとしてのワードプロセッサを使うことで、これまでとは__つまり、原稿用紙やタイプライタとは__違った執筆スタイルが可能になるのではないかという提言であり、言ってみれば現代では「当たり前」になっているツール環境での作文技術(執筆ノウハウ)の話だ。面白くないはずがない。

これだけたくさんの執筆に関するツールが登場しているものの、いまだに原稿用紙的な文章の書き方が流通しているきらいがある。教育の問題なのか、メンタリティの問題なのか、ノウハウ書が行き渡っていないのか、それはわからない。とりあえず、アウトライナーの利用者の少なさを見れば、「編集」を前提とした執筆スタイルが絶望的に普及していないことは察せられる。

小さく書き、それを徐々に膨らませていく。最初から粒度を揃えることはしない。アイデアメモを持ち歩き、そこに書き足していく。揃った文章から、構造を「後付け」で組み立てる。

すべてデジタル的「編集」可能性がもたらす執筆スタイルである。これがいかに楽なのか__脳の負荷を下げられるか__は、やってみればわかる。頭から一つの書き損じもなく、論理の筋立ても明確に、粒度も完璧に揃えながら書いていくのは至難のわざだ。達人だけに許された技能と言い換えてもいい。

編集可能性を持つデジタルツールは、文章を書く行為を僕たち凡人に向けて開いてくれた。頭からスラスラかけなくても、文章を書くことができる。すばらしい開放であり、それが大きな飛躍をもたらすことは想像に難くない。

本書は古い本ではあるが、私たちが持っている武器の価値を改めて確認させてくれる一冊でもある。

ワープロ作文技術 (岩波新書)
木村泉 [岩波書店 1993]

One thought on “『ワープロ作文技術』(木村泉)

  1. 同感です。この本はいい本だと思っています。初版を持っていますが、いま読み返そうと手に取って、「ところで世間では・・」とここにたどり着いた次第。
    文系の人の文章論ではないところがまた特色で、発想法や処理法など参考になることや、同感することが多い本です。
    書名を変更して、単に『作文技術』または『編集的文章論』とでも題して重版してほしい本ですね。

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