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『デスマーチはなぜなくならないのか』(宮地弘子)

デスマーチは、「地獄」でもあり「悦楽」でもあった。このあたりは、『ビッグデータ・コネクト』を読んでも理解されると思う。それは明らかに苦役なのだが、単にそれだけで切り捨てられるものではない。

本書は、ソフトウェア開発に直接参加していた人間へのインタビューを元に、その機微を読み取っていく。その上で、デスマーチを撲滅するために必要なアプローチを探る。

簡単に言えば、ある種の規範が伝統的に受け継がれている中で、会社や社会を取り巻く事情が変化しているにも関わらず、規範だけがそのまま残り続けている点に問題があると著者は見ている。その規範は、一時期のソフトウェア開発ではたしかな力を持っていたからこそ、話はややこしい。「常識」を解体するのは、いつだって至難の業なのである。

本書の分析を受け入れるとして、それでも「では、どうすればいいのだろうか?」という疑問は残る。ウォーターフォールモデルが明らかに現実にそぐわないとして、それを廃止することはできるのだろうか。もし、廃止できるなら、なぜ企業はそのような不合理なモデルをこれまで使い続けてきたのだろう。その理由を伝統的な規範にだけ求めるのは難しいように思う。

見逃してはならないのは、顧客(特に企業の顧客)がそれを求めるから、という理由だ。ウォーターフォールモデルは、「計画」にピッタリなのだ。いついつまでに、これくらいの予算で開発する。はい、予算承認。ゴーサイン。このようなやり方は、「お役所的」アプローチにきっちり嵌る。もし遅れても、悪かったのは予算承認者のせいではない。たんに「失敗」があり「逸脱」が起きただけなのだ。

たしかにこれまでの規範を解体していく動きは必要だろう。また、実情に合わせたソフトウェア開発の手法も広まっていくべきだと思う。が、それと共に、「近頃のソフトウェア開発は、工場のラインのように進むものではない」という発注者の理解も必要だろう。なにせ、ビジネスなのだ。片方だけの都合だけでは話は進まない。

本書はある意味で両方にアプローチする内容だ。それまでの「常識」に疑問を投げかけると共に、発注者に向けてもソフトウェアが現状どのような開発のされ方をしているのかを伝えもする。

が、たとえ本書がそうした認知の普及に一役買うとしても、業界の構造が「ITドカタ」的になっている限りでは、大きな変化は望めそうにない。こればかりは大なたが振るわれない限り、どうしようもない気がする。

デスマーチはなぜなくならないのか~IT化時代の社会問題として考える~ (光文社新書)
宮地弘子 [株式会社 光文社 2016]

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